日々の「学び」が、人生をつくる。

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~人から、本から、仕事から、卓球から学んだ「より良く生きるためのヒント」を綴る~

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夢を目指して、努力を続けることは、尊いことだと考えられています。

もちろん、その考えは否定しません。

ただ、その努力の方向性が正しいかどうかは、常にチェックしなければなりません。

 

為末大さんの著書、『諦める力』には、自分が生きる道を見つけるヒントが満載です。

読んでいて驚いたのは、千田琢哉さんがおっしゃる内容との共通点が多いこと。

いくつか、ピックアップしてみましょう。

 

■努力しても無理かもしれない

 

為末さんは、中学の頃までは100m走をはじめとした短距離の種目で成果を出していたそうです。

しかし、高校三年生のときに、「100mでは自分は勝てない」と気付いたそうです。

そもそも、100mは競技人口が多い。

運動神経バツグンで、生まれ持った才能のあるスプリンターたちがこぞって出場するのが、100mです。

しかし、中学から身長があまり伸びず、タイムも伸びていなかった為末さんは、

「これはどう考えても抜かれるよな……」

「確かに、100メートルでの俺には先がないよな……」

と、自分の実力を把握したのだそうです。

 

そして、競技人口の少ない、400mハードルに挑戦することに決めます。

 

「100メートルで金メダルを取るよりも、400メートルハードルのほうがずっと楽に取れるのではないか」

 

同じ成功なら、わざわざ競争率の高い土俵で勝負しなくてもいい。

むしろ、競技人口の少ない、自分が勝ちやすい土俵で、一流を目指せばいい。

為末さんは、非常に現実思考です。

もちろん、「夢なんて目指すな」と言いたいわけではありません。

ただ、アスリートとして金メダルを夢見て、実際に金メダルを獲得した人より、

夢を追い続けても金メダルを獲得できなかった人の方が、ずっと多いという事実を無視しないことです。

 

「その事実を納得した上で、『自分はどのくらいの確率で勝てる勝負をしているのか』ということを冷静に見なければならない」

 

これが「戦略」なのだということを、学びました。

日本を代表するトップアスリートが、このような発想で競技種目を選んでいたことに、驚きです。

為末さんが、現役引退後も様々なメディアで活躍できている秘訣が、戦略を考える力にあるのだと、分かった気がします。

 

■「やめてもいい」と「やめてはいけない」の間

 

為末さんは、「陸上なんかいつでもやめていい」と、常々、母から言われていたそうです。

この母の考え方も、卓越しています。

さて、「やめてもいい」と言われていた為末さんですが、むしろそう言われていたことが、続ける力をくれたそうです。

 

「やめてもいいんだけど、やめたくない」

 

そんな心境だったそうです。

私たちは、うっかりしていると、「やめてはいけない」ことで溢れてしまいがちです。

一度会社に就職すれば、やならないといけない仕事に追われます。

生活している以上は、やらなければならない家事が山ほどあります。

「やらなければならない」というノルマは、なかなか楽しむことができません。

 

本当にやりたいことは、「やめてもいい」と言われているのに、やってしまうことです。

誰にも何も言われなくてもやっていることも、自分の好きなことでしょう。

むしろ、「やめろ」と言われても、ついやってしまうことに、才能がある。

ただ、「ついやってしまっていること」は、意外に見つけるのが難しいものです。

でも、何かのきっかけで、「やめてもいいよ」と言われたのに、なぜか「やめたくない」と思う。

職場で上司から、「もうやらなくていいよ」と言われたとき、何かのスイッチが入る。

そういうことの中に、自分がやりたいことが、隠れているのかもしれません。

 

 

為末さんは、現役のトップアスリート時代も、引退してビジネスの世界で生きる今も、偉大な戦略家だったのですね。

本書を、自分にとっての「戦略」を改めて考えるきっかけにしてみてはいかがでしょうか。

 

 

 

「真夜中の雑談 ~千田琢哉に訊いてきました~」

にて千田琢哉さんが紹介されていた映画、

『ショーシャンクの空に』。

以前にも観たことはありましたが、改めて観てみると、人生のヒントが数多く描かれていることにびっくりしますね。

 

敢えてひとつだけ気付きを挙げるとすれば、それは「時間感覚」。

映画自体が2時間半程度なので、つい時間の長さを見逃してしまいやすいのですが、主人公アンディは、ひとつのことに取り組む時間が圧倒的に長い。

州議会に対して書籍購入の費用を希望する手紙を書き続け、ついには潤沢な予算を獲得し、リパな図書館を作ってしまいます。

予算が下りるまでにアンディが手紙を書き続けた期間は10年です。

1ヶ月や半年、1年ではありません。

映画の中ではこの時間の長さをたった一言で解説するに過ぎませんが、その時間の長さことが大切なのではないでしょうか。

 

1万時間取り組めば、どんな人でもプロになれると言われます。

1日3時間取り組むとすれば、10年です。

どうやら10年という期間は、一見バカげた夢や目標を実現してしまうために必要な最低期間のようです。

 

手紙を書いた年数だけに限らず、この映画には、

「えっ、もうそんなに経ったの?」

と思うような長い時間スケールが、随所に感じ取れます。

アンディと同じ時間スケールで取り組めば、アンディのように、不可能を可能にできるのではないか。

多くの人は、アンディほどには、長く、こつこつと取り組み続けていないだけなのかもしれません。

 

こつこつ、こつこつ、取り組もう。

昨年から今年にかけて、高級ホテルのレストランで朝食を摂ることを習慣にしていました。

リッツカールトンのような名だたるホテルから、リーガロイヤルホテル東京のようなややランクを下げたホテルまで、主要なホテルはほぼ全て回ってみました。

どのホテルにも、良い点もあれば、不満に思う点もあります。

ただ、ひとつだけ言えるのは、「もう一度行きたい」と思えるかどうかには、はっきりとした違いがあること。

自分の中の総括として、ここに書き残しておくことにします。

 

■「もう一度行きたい」と思えるホテルレストランの共通点

 

①サービス時の気遣い

レストラン入り口からの案内の仕方、段差への配慮、椅子を引くタイミング、言葉遣い。

お皿を下げるスピード、シルバーをセットするスピード。

テーブルサービスをしたときのさり気なさ。

お客様が席を立ったあとに、スッとナプキンを畳むスピード。

スタッフの笑顔。女性はにっこりした笑顔、男性はキリッとした微笑み。

お客様を名前で呼ぶこと。宿泊者でなくても、カード支払いをした後には名前が分かる。

2回目に来たお客様のことを覚えていてくれる。

 

②料理の質

これはお店により様々です。

パークハイアット東京のクロワッサン、

マンダリンオリエンタル東京のズワイ蟹エッグベネディクト、

リッツ・カールトンのほうれん草エッグベネディクト。

いわゆる豪華な料理が美味しいこともあれば、シンプルな煮物が格別の美味しいこともあります。

ただし、野菜が美味しいかどうかは、「もう一度行きたい」と思えるかどうかの一線と、概ね一致します。

 

③居心地の良い空間

①のサービスの気遣いも関係しますが、居心地が良いことは必須条件です。

お客様が入店してから店を出るまで、サービスの質と量が変わらないかどうか。

「どうぞ長居して下さい」という気持ちが伝わってきて、嬉しくなります。

店内がガチャガチャしていないこと。

良い空間のお店は、お客様は大勢いるのに、騒がしさを感じず、むしろ華やかさを感じます。

お客様のマナーが良いこと。

内装も様々ですが、隣の席との間隔にも、一定のレベルを超えるかどうかで、明確な差があります。

 

 

ざっとまとめましたが、手っ取り早く判断するなら、価格が4000円以上であれば、大きなハズレはないです。

4000円という価格に、はっきりとした境界があります。

もちろん、4000円以上であっても、その中での序列は明確にあります。

ただ、4000円以下と、4000円以上では、超えようのない、大きな違いがあるのです。

サービス業にとって、「もう一度行きたい」と思えるかどうか。

ここには、「一流かどうか」の境界があるのです。

 

一流に触れるためには、「最低価格ライン」があります。

これは高級ホテルに限りません。

一流の人のレッスンを受けたいなら、最低限払わねばならない金額のラインがあります。

私が関わる卓球の世界では、講師間での料金差はまだ小さいです。

ダンス教室にしろ、ボイストレーニングにしろ、料金差がびっくりするほど大きな分野もあります。

ビジネスセミナーの価格も、びっくりするほどの差があります。

料金が高いレッスンやセミナーほど、信頼できます。

もちろん、お金が全ての価値基準だとは思いません。

ただ、金額がついているものには、それ相応の理由があるのです。

 

業界の中にある、上位とそれ以外を分ける「一線」を体感できただけでも、高級ホテル巡りを続けた価値がありました。

 

追伸:書籍というのは、良書とそれ以外の価格差が圧倒的に小さい、非常に特殊な分野です。

優れた良書でさえ1500円程度で購入できてしまうなんて、これほどありがたいことはないですね。

 

心がそわそわする。

地方から上京してきたばかりの学生の気分だ。

今、一人でアイスコーヒーを飲みながら、気品のある仕草でスマホをいじっている女性の隣で、この文章を書いている。

 

横浜に生まれ、この2年間は埼玉県に住んでいたが、この度東京23区内に引越した。

理由はシンプルだ。

東京の空気、雰囲気を味わいたかったからだ。

 

もちろん、横浜や埼玉からでも東京には来られるし、十分その空気を味わうことはできる。

ただ、終電や翌日の仕事の関係で、夜のこの地の空気を味わうには不十分だ。

東京に来て、それがよく分かった。

 

有楽町の夜、おしゃれなカフェで一人で時間を過ごしている女性は、例外なくかっこいい。

そう、東京の女性は、かっこいいのだ。

コーヒーを片手に読書をする知的な女性もいれば、ワイングラスを静かに嗜む気品のある女性もいる。

申し訳ないが、こうした光景は埼玉県では見られなかった。

仕事に疲れてくたっとした女性や、どこか「都会離れ」した空気を出している女性はよく見かけた。

別に東京以外の都市を避難するつもりはない。

ただ、東京が別格だというだけだ。

もちろん、東京といっても、場所による違いはあるだろう。

丸の内、有楽町にいる女性は、間違いなく知的で、気品がある。

おしゃれであるのはもちろん、ただスマホをいじっているだけでも、どこか様になるカッコよさがある。

 

冒頭でも触れたが、一人でアイスコーヒーを飲みながら、どこか気品のある仕草でスマホをいじっている女性の隣で、引き続きこの文章を書いている。

思わずドキドキしている。

この感覚は、おそらく東京の中心地でしか味わえない。

 

都心には、お金も人も集まっている。

それに加えて、やはり都心には、知性も、美も集まっていた。

 

7月27日にオープンした「ザ・プリンスギャラリー 東京紀尾井町」に、朝食を摂りに伺いました。

このホテルは、「高級」と「緑」が、見事に融合していました。

 

「高級」からは、厳かで、華やかな雰囲気が想像できます。

「緑」からは、安らぎや、落ち着いた雰囲気が想像できます。

この2つは、正反対と言ってもいいほど、相容れないものです。

きらびやかで豪華な雰囲気の場所を訪れて、心が安らぐ人は少ないでしょう。

豊かな自然に囲まれた場所にいて、心が華やかになるという人も少ないでしょう。

 

このホテルでは、矛盾する2つの要素が、両立していると感じました。

入った瞬間は、高級ホテルの厳かな雰囲気でした。

ただ、いざ席に案内されると、高級ホテルには珍しい薄いグリーンの椅子と、グリーンのナプキンが目に入ります。

ガラスの花瓶に飾られているのは、色鮮やかな花ではなく、葉物を使った緑の落ち着いたオブジェでした。

壁を見渡すと、葉をイメージした「緑」と、木や土をイメージした「茶」のインテリアやオブジェに囲まれていました。

高級ホテルに来て、緑の要素がメインというのは初めての体験でした。

もちろん、料理も美味しかったのは、言うまでもありません。

ただ、その印象が薄れるほど、高級ホテルに「緑」という良く練られたコンセプトに、感心してしまったのです。

 

人を惹きつけるのは、「矛盾したものの両立」なんですね。

今後、このホテルがどの程度高い評価になるか、楽しみです。

 

では、今日はこの辺で。