レビューを読み漁り、その中で7個くらいのアプリを実際に落としてみて、使い勝手を試した。
そういう作業は嫌いじゃない。
むしろ、得意だと思われてるふしがあり、ちょくちょく頼まれるってことは、確実性もあるということを示唆しているんだろう。
忙しい人に頼まれるとしかたないと思えるけど、同じくらい暇な奴に鼻をほじられながら「なんかない?」って聞かれても、「知らねえよ」と言いたくなる。
今までは親切心でしてたけど、もうタダじゃやんねーって宣言した。
けど、下調べはしてあって、候補は2つに絞ってた。
自分としても、快適なYouTubeアプリは探してたから。
奴は、おもむろにカバンの中から美味しそうなクッキーを2枚出した。
む、むむむ。
クッキー、大好物。
「中華アプリが嫌いなら、グダグダ言わずに、UltraTubeってアプリにしやがれ」
(でも、数日使ってみて、日本語での検索には適さないことが判明したので、Tuberとの併用などが人によりけりで必要になってくるかもということが判明。アプリは使い倒さないと意外と他人のレビューごときじゃわからない部分が多いよ、多すぎる…)
「バックグラウンドで動くの、それ?」
「あたり前田のクラッカー」
「うるとらちゅーぶ、とな。…。それ、Pro版持ってるや」
「なんで持っとるだにー⁉︎」
おっと、数年ぶりに日本のドラマをhuluで観たから、口調が乗っ取られた。『みんな、エスパーだよ!』とかって、お気楽だけど最後にスッキリする最近ではありがたいドラマだったぁ~。
「アプリセールだけはマメにチェックしてるからねー」
ふたりの貧乏性が合わさると、色々な意味で最強かもしれない。行動タイプと情報タイプと。
それが、ちょっと悲しい同盟なのはナイショだw
奴はクッキーを齧ってる私に目もくれず、iPhoneを弄りながら言う。
「うん、操作性、結構好き系」
ここで間違っても「だろ?」とか、「誰が選んだと思ってる」だとか、偉そうなことを言ってはいけない。
「…そう、よかったね」
ここは、サラッと涼しい顔でね。
幾千のレビューを読んだなんて相手は聞きたがってないし。
それを言ったところで、なにも変わらない。
いくら情報があってもいい。
それに翻弄されずに精査すればいいだけ。
誰向けには、これ。
そのパターン(答え)はたくさん持っておいて損は無い。
私はそういう意味で貧乏性。
検証が大好きだし、作業を苦と思わない下っ端体質。
あと、嬉しいんだかどうだかわからないオマケが。
「これ、たぶんあんたのアカウントでも無料のときに落としてあるよん♬」
もー、人のIDとPWをだなー。
「ありがとう」
と発言するオプションしかないのが、なんだな、こーゆー人種には。
無料だからといって、なんでもかんでもアプリは落とさない。
タダより怖いものはないんだぜ~。
今回はクッキー2枚で思わず買われてしまったが、もう役に立つことはしないでおこうと思うの。
そうしたら、捨てたくなるでしょ?
他人の記憶係、もうやめたい。
美味しい料理も作らない。
ウイットに富んだ会話もしない。
なにも有益な情報、搾り取れない。
あと、金もいいかげん搾り取れない。
ここまで役に立たなかったら、いいかげん捨ててくれるよね?
自分のために生きなさいと、こないだのメールで弁護士にほのめかされた。
泣きたくなるから、辞めてよ、正論メール。
マトモな人間とメールすると、問題からいかに逃げているか思い知る。
その数行を受け入れるために、数日、自暴自棄になってみたりする。
足掻いてる時間、まだその猶予が残されてるだけ幸せなこと。
でも、ストレスで菓子パン天国したら、一気に3kg太ったー!
妊婦さんに見えることは犯罪じゃない。妊婦さんと偽るのは人道に外れるが、他人が勝手に私の体型を見て妊婦だと判断するのは止められないことだ。
よし、その路線で開き直ろう。
…それ、めちゃくちゃ悲しいけどねw
iPhoneからの投稿
そういう作業は嫌いじゃない。
むしろ、得意だと思われてるふしがあり、ちょくちょく頼まれるってことは、確実性もあるということを示唆しているんだろう。
忙しい人に頼まれるとしかたないと思えるけど、同じくらい暇な奴に鼻をほじられながら「なんかない?」って聞かれても、「知らねえよ」と言いたくなる。
今までは親切心でしてたけど、もうタダじゃやんねーって宣言した。
けど、下調べはしてあって、候補は2つに絞ってた。
自分としても、快適なYouTubeアプリは探してたから。
奴は、おもむろにカバンの中から美味しそうなクッキーを2枚出した。
む、むむむ。
クッキー、大好物。
「中華アプリが嫌いなら、グダグダ言わずに、UltraTubeってアプリにしやがれ」
(でも、数日使ってみて、日本語での検索には適さないことが判明したので、Tuberとの併用などが人によりけりで必要になってくるかもということが判明。アプリは使い倒さないと意外と他人のレビューごときじゃわからない部分が多いよ、多すぎる…)
「バックグラウンドで動くの、それ?」
「あたり前田のクラッカー」
「うるとらちゅーぶ、とな。…。それ、Pro版持ってるや」
「なんで持っとるだにー⁉︎」
おっと、数年ぶりに日本のドラマをhuluで観たから、口調が乗っ取られた。『みんな、エスパーだよ!』とかって、お気楽だけど最後にスッキリする最近ではありがたいドラマだったぁ~。
「アプリセールだけはマメにチェックしてるからねー」
ふたりの貧乏性が合わさると、色々な意味で最強かもしれない。行動タイプと情報タイプと。
それが、ちょっと悲しい同盟なのはナイショだw
奴はクッキーを齧ってる私に目もくれず、iPhoneを弄りながら言う。
「うん、操作性、結構好き系」
ここで間違っても「だろ?」とか、「誰が選んだと思ってる」だとか、偉そうなことを言ってはいけない。
「…そう、よかったね」
ここは、サラッと涼しい顔でね。
幾千のレビューを読んだなんて相手は聞きたがってないし。
それを言ったところで、なにも変わらない。
いくら情報があってもいい。
それに翻弄されずに精査すればいいだけ。
誰向けには、これ。
そのパターン(答え)はたくさん持っておいて損は無い。
私はそういう意味で貧乏性。
検証が大好きだし、作業を苦と思わない下っ端体質。
あと、嬉しいんだかどうだかわからないオマケが。
「これ、たぶんあんたのアカウントでも無料のときに落としてあるよん♬」
もー、人のIDとPWをだなー。
「ありがとう」
と発言するオプションしかないのが、なんだな、こーゆー人種には。
無料だからといって、なんでもかんでもアプリは落とさない。
タダより怖いものはないんだぜ~。
今回はクッキー2枚で思わず買われてしまったが、もう役に立つことはしないでおこうと思うの。
そうしたら、捨てたくなるでしょ?
他人の記憶係、もうやめたい。
美味しい料理も作らない。
ウイットに富んだ会話もしない。
なにも有益な情報、搾り取れない。
あと、金もいいかげん搾り取れない。
ここまで役に立たなかったら、いいかげん捨ててくれるよね?
自分のために生きなさいと、こないだのメールで弁護士にほのめかされた。
泣きたくなるから、辞めてよ、正論メール。
マトモな人間とメールすると、問題からいかに逃げているか思い知る。
その数行を受け入れるために、数日、自暴自棄になってみたりする。
足掻いてる時間、まだその猶予が残されてるだけ幸せなこと。
でも、ストレスで菓子パン天国したら、一気に3kg太ったー!
妊婦さんに見えることは犯罪じゃない。妊婦さんと偽るのは人道に外れるが、他人が勝手に私の体型を見て妊婦だと判断するのは止められないことだ。
よし、その路線で開き直ろう。
…それ、めちゃくちゃ悲しいけどねw
iPhoneからの投稿
親戚が猫を飼いだしたとき、子猫のうちに記念が欲しかったんだろう、フォトブックを写真屋さんで作ってもらったんだと。
遊びに行ったとき、「ほらこれ」と自慢気に見せてもらったそのフォトブックの写真が酷すぎて、思わず固まった。
えっと、写真は一応習った程度の素人が意見していいのかな…。
うーん、でもやっぱり写真は下手なままの自分にはなにも言う資格ないよな。
そう思ったので、ともかくフォトブックというものを作ったことが無かったから、じっくり眺めさせてもらうことに。
「一万円したんだよ~。ほら、ちゃんとプロの人が撮ると違うよねぇ、カメラ目線してくれてるでしょ。ちゃちゃちゃっと撮ってくれちゃってさ」
そりゃ、時間かけりゃかけるほど、めんどくさいからじゃないかな。
いや、これはカメラ目線には間違いないけれど、他人を警戒してる視線なのではないか?
猫を飼ったことのない私でもそう見えるけど…?
飼い主が満足してることがいちばんなんだよな、問題は。
こんな、借りてきた猫って表現まんまでそこまで悦に浸っているなら、私がなにも言うことではない。
そのくらい弁えている。
しかし。
しかし、だ。
一万円…。
たかだか十ページ程度。
レイアウトもクソもなく、全身が入ってりゃいいや的な写真にしか見えないものが?
スタジオ代と割り切るべきなのか悩むなー。
だってさー。
感度上げすぎなのかザラザラ感が否めなくて、せっかくのラビットファーみたいな毛並みが見事に再現性ゼロ。
子猫らしさが醸し出されてないじゃない、なーんにも、どっこにも。
むむ、これでプロとな?
となると、プロの定義ってなんなんだ…。
世界がぐるぐる回りそうになり(大げさw)、思わず値段を聞き返してしまったが、手のひらサイズのフォトブックはやはり一万円らしい。
わかるよ、猫の成長過程がプライスレスなのは。
でもさー、それを喰いのもにした商売ってどうなのよ。
正直、もうちょっと手抜きじゃない仕事はできないもんかね。
…。
自分ならどうするかな?
と、思い付くと、思わず自前のデジカメでその猫を撮りまくりはじめて夢中になる。
自前っていっても、一眼でもないコンデジにしてはケースがサイズないよね程度なRICOHのCX-1で、CX-6を買ってからわざわざ1に戻ったという、今の価格にしたら値段も付かないようなカメラだけどさ。
いいの、撮り慣れてるの。このカメラとの相性がいいと思い込ませてくれ。
猫の色々な表情を撮るには、腹筋割れそうな格好でも忍耐が欠かせない。
父がカメラを構えて瞑想してるのを、昔は動物とコンタクトを取ってると思い込んでいたが、なるほどこういうことかとわかってくるね、動物相手は特に。
とにかくいつどんなことをするのかわからない相手だから、カメラはずっと構えたままで、空気に溶け込み、デジカメなのでとにかく質より量でゆく。
結果。
「お前って写真うまいね。パパに似たんだね」
と飼い主に言われた。
そりゃ、「友達に撮ってもらった」と、ブレブレの写真を額に入れて飾ってる人にだって、ブレてるかブレてないかくらいの区別は付くだろう。
まあ、そこまで自分の猫に熱心にカメラを構える姿に感動しただけの労わりの言葉のって意味だけかもね。
大丈夫、なにも求めてないから。
まあ、これは好みなんだけど、むやみにフラッシュを焚きまくるのがとにかく苦手。
猫の毛並みは、せっかくの自然光を活かした感じで、どんなふうに変化するのか、その瞬間を切り取りたいと思う。
フラッシュを焚いてしまうとそもそも猫は嫌がるし、瞳孔がフラッシュに反応して表情がなくなっちゃうから、自然に寛いで毛づくろいしてる姿などに、わざわざフラッシュを焚くのは自分のスタイルではない。
うん千枚と撮ってその中から50枚を選び出したのを、
「こんなのでどうかなぁ?」
と、意見を聞こうと母(撮ったのは母の姉の猫なので)にネットプリントで送ってみた。
母は写真のセンスがないので、本当は父に聞きたいが、父は別居中で、別居先の住所は誰にも知らされていない。
そもそも父は、私が撮った他人の猫への写真など興味は皆無だと思うし、褒めることを絶対にしない人だから、厳しいダメ出しは覚悟しないといけない。
そういう意味では、父も母も猫の飼い主にも意見を仰ぐのに適した相手ではないのだけど、とにかく今回はフォトブックを目をしたことのある母にしてみただけのこと。
「ふーん。…フォトブックにすると、いくらくらいするの?」
母は、写真に対して特に意見はないらしく(自分の子供なんだもの、なんでもできて当たり前でしょう、という考えでいる。笑)、またお金のことばかり気にしてる。
「ピンキリ。でも、ほぼ同じ感じにしたいなら2000円も出せばできるよ」
「え! なんでそんなに安いの!?」
世の中の全ては、彼女にかかると金なんだよな…。
「そりゃ、写真を選んだり、レイアウトを組んだりする作業区分をこっちが指定するから、業者はそれを印刷するだけだもの」
「じゃあ、そんなに安く済むなら、今度フォトブック作ってあげてよ」
「…い、いいよ」
母にはいくつになっても嫌だと言えない、ヘタレな私。
そして、わかりきった泥沼にハマった。
完成度のない作業は自殺行為だと自覚してるから、ドクターからわざわざストップ出てなくても遠ざけないといけないのに。
そして、評価の出ないタダ作業ほど、虚無感に陥ることもないね。
自己満足にどれだけ自己満足できるか。
もう、それ考えただけでどっぷり落ち込める。
でもさ。
どこで誰が私の作った作品を見るかわかんない。
親戚相手だからと、適当なものは納品できない。
これがカッコつけならいいんだが、救われないことに本心なんだよね。
数年前、私の写真をたまたま見たっていうプロのカメラマンから、写真を撮らせてくれってオファーがあった(そんときは、しょこたんに似てたんだよw)。
そんなふうに、本当になにが起きるかわからないもん。
ポテンシャルを持たせることが可能なら、それは全力でなければ!
…っていう性格だから、自滅するんだけど。
ま、わかってるだけマシでしょ。
フォトブックくらいで今までお世話になった恩が返せるなら、いくらでも作りますよ。
それで親戚が喜んでくれるんだから、素敵な恩返しの方法だよね!
iPhoneからの投稿
遊びに行ったとき、「ほらこれ」と自慢気に見せてもらったそのフォトブックの写真が酷すぎて、思わず固まった。
えっと、写真は一応習った程度の素人が意見していいのかな…。
うーん、でもやっぱり写真は下手なままの自分にはなにも言う資格ないよな。
そう思ったので、ともかくフォトブックというものを作ったことが無かったから、じっくり眺めさせてもらうことに。
「一万円したんだよ~。ほら、ちゃんとプロの人が撮ると違うよねぇ、カメラ目線してくれてるでしょ。ちゃちゃちゃっと撮ってくれちゃってさ」
そりゃ、時間かけりゃかけるほど、めんどくさいからじゃないかな。
いや、これはカメラ目線には間違いないけれど、他人を警戒してる視線なのではないか?
猫を飼ったことのない私でもそう見えるけど…?
飼い主が満足してることがいちばんなんだよな、問題は。
こんな、借りてきた猫って表現まんまでそこまで悦に浸っているなら、私がなにも言うことではない。
そのくらい弁えている。
しかし。
しかし、だ。
一万円…。
たかだか十ページ程度。
レイアウトもクソもなく、全身が入ってりゃいいや的な写真にしか見えないものが?
スタジオ代と割り切るべきなのか悩むなー。
だってさー。
感度上げすぎなのかザラザラ感が否めなくて、せっかくのラビットファーみたいな毛並みが見事に再現性ゼロ。
子猫らしさが醸し出されてないじゃない、なーんにも、どっこにも。
むむ、これでプロとな?
となると、プロの定義ってなんなんだ…。
世界がぐるぐる回りそうになり(大げさw)、思わず値段を聞き返してしまったが、手のひらサイズのフォトブックはやはり一万円らしい。
わかるよ、猫の成長過程がプライスレスなのは。
でもさー、それを喰いのもにした商売ってどうなのよ。
正直、もうちょっと手抜きじゃない仕事はできないもんかね。
…。
自分ならどうするかな?
と、思い付くと、思わず自前のデジカメでその猫を撮りまくりはじめて夢中になる。
自前っていっても、一眼でもないコンデジにしてはケースがサイズないよね程度なRICOHのCX-1で、CX-6を買ってからわざわざ1に戻ったという、今の価格にしたら値段も付かないようなカメラだけどさ。
いいの、撮り慣れてるの。このカメラとの相性がいいと思い込ませてくれ。
猫の色々な表情を撮るには、腹筋割れそうな格好でも忍耐が欠かせない。
父がカメラを構えて瞑想してるのを、昔は動物とコンタクトを取ってると思い込んでいたが、なるほどこういうことかとわかってくるね、動物相手は特に。
とにかくいつどんなことをするのかわからない相手だから、カメラはずっと構えたままで、空気に溶け込み、デジカメなのでとにかく質より量でゆく。
結果。
「お前って写真うまいね。パパに似たんだね」
と飼い主に言われた。
そりゃ、「友達に撮ってもらった」と、ブレブレの写真を額に入れて飾ってる人にだって、ブレてるかブレてないかくらいの区別は付くだろう。
まあ、そこまで自分の猫に熱心にカメラを構える姿に感動しただけの労わりの言葉のって意味だけかもね。
大丈夫、なにも求めてないから。
まあ、これは好みなんだけど、むやみにフラッシュを焚きまくるのがとにかく苦手。
猫の毛並みは、せっかくの自然光を活かした感じで、どんなふうに変化するのか、その瞬間を切り取りたいと思う。
フラッシュを焚いてしまうとそもそも猫は嫌がるし、瞳孔がフラッシュに反応して表情がなくなっちゃうから、自然に寛いで毛づくろいしてる姿などに、わざわざフラッシュを焚くのは自分のスタイルではない。
うん千枚と撮ってその中から50枚を選び出したのを、
「こんなのでどうかなぁ?」
と、意見を聞こうと母(撮ったのは母の姉の猫なので)にネットプリントで送ってみた。
母は写真のセンスがないので、本当は父に聞きたいが、父は別居中で、別居先の住所は誰にも知らされていない。
そもそも父は、私が撮った他人の猫への写真など興味は皆無だと思うし、褒めることを絶対にしない人だから、厳しいダメ出しは覚悟しないといけない。
そういう意味では、父も母も猫の飼い主にも意見を仰ぐのに適した相手ではないのだけど、とにかく今回はフォトブックを目をしたことのある母にしてみただけのこと。
「ふーん。…フォトブックにすると、いくらくらいするの?」
母は、写真に対して特に意見はないらしく(自分の子供なんだもの、なんでもできて当たり前でしょう、という考えでいる。笑)、またお金のことばかり気にしてる。
「ピンキリ。でも、ほぼ同じ感じにしたいなら2000円も出せばできるよ」
「え! なんでそんなに安いの!?」
世の中の全ては、彼女にかかると金なんだよな…。
「そりゃ、写真を選んだり、レイアウトを組んだりする作業区分をこっちが指定するから、業者はそれを印刷するだけだもの」
「じゃあ、そんなに安く済むなら、今度フォトブック作ってあげてよ」
「…い、いいよ」
母にはいくつになっても嫌だと言えない、ヘタレな私。
そして、わかりきった泥沼にハマった。
完成度のない作業は自殺行為だと自覚してるから、ドクターからわざわざストップ出てなくても遠ざけないといけないのに。
そして、評価の出ないタダ作業ほど、虚無感に陥ることもないね。
自己満足にどれだけ自己満足できるか。
もう、それ考えただけでどっぷり落ち込める。
でもさ。
どこで誰が私の作った作品を見るかわかんない。
親戚相手だからと、適当なものは納品できない。
これがカッコつけならいいんだが、救われないことに本心なんだよね。
数年前、私の写真をたまたま見たっていうプロのカメラマンから、写真を撮らせてくれってオファーがあった(そんときは、しょこたんに似てたんだよw)。
そんなふうに、本当になにが起きるかわからないもん。
ポテンシャルを持たせることが可能なら、それは全力でなければ!
…っていう性格だから、自滅するんだけど。
ま、わかってるだけマシでしょ。
フォトブックくらいで今までお世話になった恩が返せるなら、いくらでも作りますよ。
それで親戚が喜んでくれるんだから、素敵な恩返しの方法だよね!
iPhoneからの投稿
なんでこの本を借りたのか、今となっては謎。
Amazonでなにかしらを確かめてから図書館の予約を入れるんだけど、なにを確かめたのすら、「?」。
ふだん読まない系だからこそ、チャレンジしてみたのかも!
と、前向きに捉えて、上巻の半ばまで読み、「元FBIがFBI捜査官を書いても当たり前っぽいのはなんでだろー」と、元CIAだったと2作目で明かしたバリー・アイスラーのときのショーゲキ度合いを引き合いに出していた。
そりゃ、家族にも内緒にしなきゃなんないCIAとは違うわなw
読み物としては、本当に今まで読まない系だったけど、意外と面白く感じられて、読んでよかった。
犯人のイっちゃってる度合いは、ヴァル・マクダーミドの本に出てくるくらいには根暗すぎてしょうもないんだけど、読んでる分にその偏執狂を紙一重に扱わないので、あくまで勧善懲悪なルールのままで居られる。
アメリカものの救いだね、そこは。
なんで犯人が次にどう悪事に出るかわかるかって、そりゃ、自分も同じ思考を持ち合わせてるからじゃん?
優れた捜査官ほど、犯罪者と紙一重ってこと、暗にでも書かないのがアメリカもの。
書いちゃってドヨヨーンと心の闇を共有させてくるのがイギリスもの。
困ったことに、イギリスミステリのその闇、重さ、クセになるw
勧善懲悪なアメリカもの、飽きたし。
実際にはFBI捜査官なんてペーパーワークばっかりなんだろうからさ(と、暴露本があったな)、本の中ではヒーローばりに活躍させてあげちゃえば?
いいよ、願望なんでしょ。
万人に受けるという意味が、この本で良くわかった。
私は求めていないものだけど、それを知るのはなにも損ではないので、楽しく読んだ。
Amazonの本の読み放題サービス、日本でも始まらないかな。
…どこの出版社が乗っかるかどうかで、契約するかどうかはかなり左右されるけど。
日本の商売の仕方とかけ離れたものがあるから、なんとなくうまくいかない気がするけど。
ま、今から心配してもしょうがないさ!
iPhoneからの投稿
Amazonでなにかしらを確かめてから図書館の予約を入れるんだけど、なにを確かめたのすら、「?」。
ふだん読まない系だからこそ、チャレンジしてみたのかも!
と、前向きに捉えて、上巻の半ばまで読み、「元FBIがFBI捜査官を書いても当たり前っぽいのはなんでだろー」と、元CIAだったと2作目で明かしたバリー・アイスラーのときのショーゲキ度合いを引き合いに出していた。
そりゃ、家族にも内緒にしなきゃなんないCIAとは違うわなw
読み物としては、本当に今まで読まない系だったけど、意外と面白く感じられて、読んでよかった。
犯人のイっちゃってる度合いは、ヴァル・マクダーミドの本に出てくるくらいには根暗すぎてしょうもないんだけど、読んでる分にその偏執狂を紙一重に扱わないので、あくまで勧善懲悪なルールのままで居られる。
アメリカものの救いだね、そこは。
なんで犯人が次にどう悪事に出るかわかるかって、そりゃ、自分も同じ思考を持ち合わせてるからじゃん?
優れた捜査官ほど、犯罪者と紙一重ってこと、暗にでも書かないのがアメリカもの。
書いちゃってドヨヨーンと心の闇を共有させてくるのがイギリスもの。
困ったことに、イギリスミステリのその闇、重さ、クセになるw
勧善懲悪なアメリカもの、飽きたし。
実際にはFBI捜査官なんてペーパーワークばっかりなんだろうからさ(と、暴露本があったな)、本の中ではヒーローばりに活躍させてあげちゃえば?
いいよ、願望なんでしょ。
万人に受けるという意味が、この本で良くわかった。
私は求めていないものだけど、それを知るのはなにも損ではないので、楽しく読んだ。
Amazonの本の読み放題サービス、日本でも始まらないかな。
…どこの出版社が乗っかるかどうかで、契約するかどうかはかなり左右されるけど。
日本の商売の仕方とかけ離れたものがあるから、なんとなくうまくいかない気がするけど。
ま、今から心配してもしょうがないさ!
iPhoneからの投稿
なにをあげても、なにをしても文句たらたらだから、今年はなにもしないことにした。
メール一通のみ。
今までどんなに無条件に尽くしていたのか、気づくといい。
まあ、無理だろうな、ああいう人種は気づかぬまま墓場でも文句を垂れ続けるに違いない。
日が変わって、少しホッとした。
来年の母親の誕生日に怯えるには、まだ早い。
今年、本来ならば、プレゼントとして用意しておいたものがあった。
母の好きな作家の本で、19年ぶりの続編で、私もその作家はすごく好きなので母に買って、母が読んだら私が借りようと思っていた。
もちろん、ネットをしていない母もその本が出版されていることは知っていたが、「1冊1500円くらいするし、高くて買えなーい!」ってボヤいてたところだったので、本当にサプライズにしようとしていた。
そして、届く手筈を整えた後に、メールでそのことを知らせた。
電話がかかってきた。
「買っちゃったのよね」
と、母。
「高くて買えないって言ってなかった? だから、誕生日のプレゼントのつもりだったんだけど…」
「だって、こないだ1000円分の図書券くれたでしょー」
なんなんだ、その言い分。
まるで図書券を渡した私が悪いとでも言いたげな…。
「いいよ、キャンセルできるならするから」
と、私は取り繕って言ったが、そのあとの一言には、さすがにピキッとくるものがあった。
「ねえ、それって代引きなの?」
あーのーさー。
誰が誕生日プレゼントを代引きで贈るわけ?
自分の37にもなる娘がそんなふうに育ったら嬉しいのか?
私は自分の母親がそんな質問をしてきたら、自分に失望するよ。
後日、母を知る人にそのことを話すと、
「まあ、あんたのお母さん、ちょっとズレてる人だよね」
と、半ば慰められた気がする。
事実は同情じゃないけど、だからこそか、慰めになったのは。
産まれたときから、底辺すぎるところからのスタート。
結局、兄貴が自殺したのも母になんか言われたのもなくはなかったんだろう。
父はやっと別居した。
もしかしたら、父には私の知らない家族がいるのかも?
いっそ、そのほうが楽しいや。私もそこに加わりたい。
正しい家族ごっこ、一度でいいからやってみたいな。
iPhoneからの投稿
メール一通のみ。
今までどんなに無条件に尽くしていたのか、気づくといい。
まあ、無理だろうな、ああいう人種は気づかぬまま墓場でも文句を垂れ続けるに違いない。
日が変わって、少しホッとした。
来年の母親の誕生日に怯えるには、まだ早い。
今年、本来ならば、プレゼントとして用意しておいたものがあった。
母の好きな作家の本で、19年ぶりの続編で、私もその作家はすごく好きなので母に買って、母が読んだら私が借りようと思っていた。
もちろん、ネットをしていない母もその本が出版されていることは知っていたが、「1冊1500円くらいするし、高くて買えなーい!」ってボヤいてたところだったので、本当にサプライズにしようとしていた。
そして、届く手筈を整えた後に、メールでそのことを知らせた。
電話がかかってきた。
「買っちゃったのよね」
と、母。
「高くて買えないって言ってなかった? だから、誕生日のプレゼントのつもりだったんだけど…」
「だって、こないだ1000円分の図書券くれたでしょー」
なんなんだ、その言い分。
まるで図書券を渡した私が悪いとでも言いたげな…。
「いいよ、キャンセルできるならするから」
と、私は取り繕って言ったが、そのあとの一言には、さすがにピキッとくるものがあった。
「ねえ、それって代引きなの?」
あーのーさー。
誰が誕生日プレゼントを代引きで贈るわけ?
自分の37にもなる娘がそんなふうに育ったら嬉しいのか?
私は自分の母親がそんな質問をしてきたら、自分に失望するよ。
後日、母を知る人にそのことを話すと、
「まあ、あんたのお母さん、ちょっとズレてる人だよね」
と、半ば慰められた気がする。
事実は同情じゃないけど、だからこそか、慰めになったのは。
産まれたときから、底辺すぎるところからのスタート。
結局、兄貴が自殺したのも母になんか言われたのもなくはなかったんだろう。
父はやっと別居した。
もしかしたら、父には私の知らない家族がいるのかも?
いっそ、そのほうが楽しいや。私もそこに加わりたい。
正しい家族ごっこ、一度でいいからやってみたいな。
iPhoneからの投稿