常日頃から、メンターがいたらどんなにいいだろうと羨ましく思っていた。
そこそこな企業に勤めていなければ、メンターシップ制度はあり得ないだろうし、んじゃ無縁だわね~、な、諦め。

それが、いきなり、とある企業でメンターをしてる中間管理職の人と出逢った。
メンターが本業ではないらしいけれど。

ともかく。
正論しか言わない。
なので、もちろん憎まれ役になるのは当たり前とのこと。

しかーし!
私が欲していたのは正しくその「正論吐きマシーン」であり、「なんかよくわからないけどぬるま湯に浸かってる心地良さ」ではない。

優柔不断という名の優しさなど、誰でも持てるんだよね。
自分に厳しいことを面と向かって言ってくれる相手。
私が欲していたのは、そっちの厳しさの意味の優しさ。

だって、その人のことを本当に考えるなら、100%正しい人などこの世にいるわけないのだから、厳しい現実を伝えるのも必要なことでしょう?
でも、たいてい、人間関係においてはそれが面倒くさいし、適当な関係でいるなら、そこはあえて踏み込まなくてもいいし、逆に踏み込まないほうが上手い人間関係の構築方式としては成立するよね。


自分のスイッチを入れるのは、結局は自分しかいないこと。
今、そのスイッチが具体的になにであるのか探してもらっている。
他人が私をも全部背負うんだもん、重いよな…。


このメンターは、精神力が半端ない。
ずっと剣道をやってきてそれを磨いたらしい。
でも、そういう相手に見込みがあると認められるのは、最高に気持ちいいことではないか。

メンター、でも、ぶっ飛び具合が尋常じゃない。
20kgとか走ってヒャッハー状態に自分を持って行っちゃうw
そうしないと、頭の中がうるさいから…。
そこは、同じ人種だった。
そして、好奇心が強く、粘り強くて、諦めない。

この人がメンターになろうがどんなカタチだろうが、学ぶものは多いだろうと覚悟を決めた。
というわけで、修造ゲット。
最強アイテムだろ、修造だぜ?
常に励ましててくれて、方向修正かけてくれるなんて、こんなありがたい存在、そうそう現れない。

ただ、プレッシャーは付きまとう。
目標を持って(まだ見つかってないし、そもそもそんなものすらなくてもいいのかもしれない)、まずは生活の見直し立て直しをして、自分を常に上に持っていけるように心掛けなければならない。
もちろん途中で大なり小なりの波は来る。
ダメなときはとことんダメやって、次へ行けばいいと説いてもらったけど、本当はたったそれだけのことが大変か、知っている人しか成功していないんだよな…。


失敗を恐れてはいない。
失敗をどう糧にするかだけの問題。

でも、ここに落ちぶれた自分がいるのは確か。
だから、メンターに見込みがあると拾われただけで、スイッチングは見事に成功した。
問題は、この継続だ。
今は、心の整理が付いて、割り切りができただけの段階。
後は、伴う行動。
それができてりゃ、そもそもメンター要らないわ。

人生の岐路に立った。
自分との戦い。
楽なわけがない。
でも、もともとの持論は「楽な道は正しいわけない!」だから、モチベーションの保ち方を獲得すればいいはず。

そしてメンターに諭される。
「頭で考えることだけじゃないんだよ」
それがわかってるだけに、これはもしかすると一生の課題にすらなりそうだ。


ともかく、メンターできましたー。
それを、「冷やし中華はじめました」のノリで構えてちゃ痛い目を見るんだろうな。
ヒシヒシと、人生激変の予感。