可哀想な人と知り合ったことにより、「全人類を救いたい病」の身としては、全力でその人を助けたくなった。
絶対に心から笑わない人。
夢遊病みたいな歩き方をしてた。
もうあの人は、自我を殺しすぎて、他人を信用することとはなにかを忘れてしまったんだと思う。
他人を信じるためには、自分を信じなくてはいけないのに、その自分が居ない状態。
だから、可哀想で救いたくてしょうがないのに。
助からない、ああいうタイプは、実は。
関わらないほうがいい。
巻き込まれ損。
でも、私は嫌いじゃない。
むしろ、苦労を背負い込みたい。
全人類を救いたい病を患ってなかったら、毎日、あの人のために祈るだろうか。
私は知っている、祈りの効力を。
祈りは、自分のためにしてはいけない。
と、ロイス・マクマスター・ビジョルドのヒューゴー賞/ネビュラ賞/ローカス賞もしくはミソピーク賞をトリプルクラウンな本の中で、主人公の女性、イスタが言う。
私のために祈ってくれる人を、私は求めていない。
祈りは最後でいいから。
まずは、メールでも電話でもいいよ。
それから、会って顔を見て話そうよ。
ベッドの上、お互いがiPhoneやらAndroidをいじりながらでもいい関係。
気楽な関係。
彼はいつでも自然に笑顔になっている。
どの角度から見ても、笑顔。
幸せな目尻のシワ。
そのシワに私も入れてくれるその瞬間を見るのが私の幸せ。
彼の前では、味醂で酔う体質なのに、お酒を飲む。
安心だから。
ずっと欲しかった安堵感。
でも、たまにでいいんだ。
一番じゃなくていい。二番目でいい、もちろんそれ以下でも。
共倒れしないの、絶対に、この関係なら。
私がダメなとき、適度な距離を置いてくれるから。
沈黙で諭してくれるから。
親友は、自分に好きという気持ちがあるとツラいと言う。
だったら彼とは、好きとか嫌いとかじゃない関係なのかも。
ただね、彼は助けなくていい相手なの。
私が助けてもらってるの。
だから大嫌いな新宿の雑踏の中も歩く。
それは彼のためではない、自分のため。
精神的に自立した人間は、きちんと理由を持って相手に接してる。
損得もときには必要かもしれない。
快楽もときには必要かもしれない。
理由だって1つは必要かもしれない。
嘘をつかない人間がいつでも正しいのか。
言わないこともある。
言えないこともある。
だから彼は、ごめんなさいを言わない。
局面局面で、それを言う必要が全くないから。
可哀想な人は、自分の世界に閉じこもって幸せの仕上げをしてる。
私に汚れた世界を押し付け、逃げた。
自分の幸せのためなら、なにをも厭わないってことだろう。
可哀想だから、より一層、自分で救いたくなる。
この手を汚し、最高の幸せの瞬間を作り上げたくなる。
普通の幸せなんか、どこにもないよ。
他に考えることがないから、可哀想な人のことを考えてる。
でも、もう飽きちゃった、この思想のループ。
勝手に幸せになりやがれ。
もう、幸せをこれっぽっちもプロデュースしてやらん。
それだけのことだ。
心の底から笑ったとこがないから、そんなに笑いにコンプレックス抱えてるんだよ。
中途半端に自分に自信があるから、頼られてる自分カッコいいってポジションが好きなんだよ。
他人からは見えるんだよ、全部。
自虐でしか笑いが取れないそんな存在に成り果てて、誰の力も借りようとしない。
全力で助けを求めたらいいのに、それもしない。
他人をやたらめったら褒めるのは、自分もそうやって見てもらいたいから。
わかってるのに、演じてる。
演じることをやめられなくなってる。
カウンセリングが必要なのは、私じゃないね。
おかしな睡眠に、おかしな食生活。
それすらネタにするしかない生き方。
だから、余計に可哀想。
明日━━もう今夜だ━━、誘ってたイベント、楽しんでくる。
ひとりだと気楽だから。
どれだけこの小さな体で自己表現できるのか、それでどんなに人の心が動かせるのか、魂のないやつには見せてやらないよ。
魂━━。
もうあの人、勝手に天国行っちゃってるっぽいんだよね。
地獄を見てきたから、今度は救われるとでも?
残念だな、それ、ハズレ。
地獄を選んだのも己の意志なのさ。
だから、きちんと私みたいに手順を踏んで着実にこなさないと、地獄から思想的に抜け出すことは不可能。
呪われてる。
正しく、そんな感じ。
救えるのに。
結界を張り巡らせて守れるのに。
誰かを幸せにする前に、自分を幸せにしてあげてね。
もう私がかける言葉はそれくらいしかないわ。
呪われたあなたを、祈ってる。
本当は守りたいのにね。
ごめんね、私は救われたいわけじゃないの。
私は笑わなくても楽しいから。
私は私の理由をきちんと求めるから。
私はあなたが幸せになるためのショートカットにすぎないから。