中原図書館は、ここんとこ流行りらしいハイテク図書館になり、もうしばらく経ったので、平日には案内の人も居なくなった。

便利になった反面、不便になったこともある。
本を返すとき、以前は返却デスクにドカンと積むだけで良かったのが、検閲がそこで行われるようになった。
…でも、ハイテク図書館なりたてのときは、そんなことしてなかったのになー。
「この本、コーヒーかなにかこぼしましたか?」
と、おもむろに借りていた中の1冊の本の背表紙を向けられ、同時に白い眼も向けられる。
その本には、ありがちなコーヒーカップ置いちゃった輪っかみたいな汚れが確かにあった。
「私じゃないです」
とっさに言い切る。
もちろん、そう言い切れるだけのたくさんの理由と自信もあったが、「こういう状態だとここでは返却処理ができないので、あちらへ」と、即座に奥の男の人のところに誘導。

男の人は、返却時にチェックをしているので、借りたやつが汚したんだとしか思えないという、さも私が汚したとばかりに匂わせた言葉を並べた。
へぇ~、疑わしきは即効で罰する方針なんだぁ。

突っ込める要素はたくさんあり過ぎた。
でも、最悪のシナリオ持ちの世界観をいきなり背負わすと、いきなり相手は入院したりするから(メールで上司を入院させた過去あり。セクハラとパワハラを同時にされたから、それについてどう思ってるか文書として残しただけ)、ひたすら自分ではありませんで通したけど。

裏からもうひとり男の人が出てきても、怖くなんかない。
実際に私ではない。
というか、そういう人海戦術使うのって、卑怯じゃない?

べつに自分の環境なんか述べなくても良かったけど、なにか説明が欲しそうだったから、相手のシステムのおかしさには一切ふれず、自分と借りてきた本に関してだけ述べた。

まず、本はすべてロフトで読んでいること。
ロフトへはハシゴで登るので、コーヒーカップをロフトへ運ぶような危なっかしい事態があり得ないこと。

なんなら、親戚に本を貸したときに、しおりを挟まずに読み途中の場所で机の上に伏せた状態で置いてあって、小学生の私はそれにキレたエピソードくらい足しても良かった。
そのくらい、物を大事に考えてるんだという姿勢をだな、小一時間どころかもっと語ってもよかったよ、私は、全然ね。
証拠に、バッグインバッグのファスナーが壊れたの、自分で治してまだ使ってるのとかすぐ見せることも可能だったし、ぜーんぜん関係も必要もないけど、ブラウン管のテレビならハンダコテありゃだいたい治せるスキルがあるのも披露したかったくらい。
ラップの1cmだって無駄にしたら怒られた教育受けてんだ、もうトラウマだぞ。
こないだ、倹約リスト作ってて、リストが長過ぎて悲しくなって途中でやめたの、それすらもったいなくて捨てないでとってあるのに。

めちゃくちゃ主題が逸れてるけど。
それでも疑うっていうなら、疑えばいいよ。

そのコーヒーが私の飲んだコーヒーであることを立証せよ。
また、その痕を付けたのが私であると立証せよ。
お気楽法定ドラマの見過ぎで、そんなこと考えついたけど、アメリカと日本の法律違うしなー、なんも言わないのがいちばん日本人らしいはず。

堂々としてると、男性ふたりは目配せして、「いいですよ、でも今度からは気を付けてくださいね」と、嫌味ひとつを付け加え、私を解放した。
今度から、だとぉ?(-_-#)

そこで指を突き付け、
「じゃあ、あそこらで自由に閲覧してる人の本は、戻すたびにもれなく100%確認できてるの?」
とか、
「借りるときにすべて機械化されたけど、そのときに本の汚れ度合いを確かめろなんてアナウンス、どこかに小さな字でもいいから明記してある?」
「夜間に返却ボックスへ返却してる場合はどう対応しているんだ?」
なんて言わなかった。
基本的に、黙ってるほうが賢く生活できる。
ノープランで黙ってるのはダメだけど、相手がどう出るか想像しておいて黙ってるのがコツだ。

ただ、システム変わって、この人ら、なんかストレス抱えてそうよねー。
楽になるはずだったのにね、かわいそー。

便利すぎるシステムにこき使われている状態なんだろう。
画期的なシステムとなり、最初は、観光客とかわんさか来ちゃって楽しかったのかもしれないけどさ。
今までは、
「あれ~、1冊なくなっちゃったよぉ?」
「またか~」
だったのが、全ての本にICタグ入れちゃって、なあなあにできなくなった分、しわ寄せが来てるんだろ。

少しのミスも許されない。
便利なシステムに頼るって、そーゆーこと覚悟せにゃいかんのに。
と、たまに機械になっちゃう病の人間が勝手に同情の眼差しを向けて、また懲りずに本を借りて帰って行ったとさ。

機械に使われるな。
機械は便利に使うべし。



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