まず、大前提として、呪いというものは呪われた本人が自覚しないと成立しないものである。
なんでなのかは、割愛。
知りたきゃ調べてくれ。

それを踏まえ、例えば、呪いを信じよう。
だからといってなにか変わるか。
…なんも変わらんのよね。
頭も身体も痛い。

呪いで人が死ぬのなら、世の中、変死体がゴロゴロあるだろうしなー。
なので、推測からするとこれは呪いじゃないってことになる。
いや、呪いでもいいよ。
いっそ、誰かにそこまで呪われてみたい気もする。
そんなに私のことウザい?
居なくなって欲しい?
ねえ、そんなに?

だって、呪いって、自分には2倍返しだっていうじゃん。
人を呪ったら地獄に落ちるんでしょ。
そこまでしたいかな?
だから、私、そこの観点からいっても呪われない。
全然、重要視されてないもん。
それもさみしいなと思うので、これが呪いだったら楽しいと思う。
認めない。自覚もしない。
ただ、楽しむ。

呪いはアトラクションだろ。
もっと多角的に攻めてきてほしいな。
幻聴とか幻覚とか、ポルターガイスト。まだまだ可能性はある。

ものが何重かに見える。
でもそれ、乱視がひどくなっただけなのよね。
本当に呪いなら楽しいのに。
え、私、呪われてるー!
次はなにが起こるのか、わくわく。

逆に、呪われでもしないと楽しくともなんともない。
誰か、私で呪いの効力を試してもいいよ。
無神論者vs.呪い
んー、なんか、あんまり白熱しないかもね…。



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