あと四日。カウントダウンはとうに始まっているというのに、僕の熱は下がらなかった。しかも悪夢にうなされた。夜中に叫んで起きてしまうほどだったの
で、父は先生に電話をしたらどうかと言ってきた。僕は大人しく従う。確かに誰かに聞いてほしいくらい異常だったからだ。
「ヤナギダくん、どうした。熱は下がったかな? 君が来ないんで先生は寂しいよ」
「それが……、あ、熱は下がりません。夜中にすごい悲鳴を上げちゃって、家族を飛び起こしちゃって……、僕、正気になったはずなのに」
「気には次にためたポイントでなにをしようとしていた?」
そう聞かれたとたん、バレてたんだと悟った。
「復讐です。だって、あたりまえでしょう?」
「そうだね、あたりまえだ。でも復讐はポイントではできないよ」
「どうして?」
愕然としてしまう。ポイントでなければなにで復讐すればいいんだ。
「そういうルールだから」
「そんなルール知らない」
必死になって僕は食い下がった。
「じゃあ今、知ったね。君は今、焦ってる。不安も抱えてる。あたりまえだよ。怖いと思うのもあたりまえだ。復讐心も当然、君の権利として頭の中で考えるのはあるだろう。それが正気というものだよ」
「でも僕、たぶん本気で考えているんです。叔父への仕返しを。どう殺すか、なにを用意するか、どうやってやるか、いつどこでやるのか」
「考えてるだけだ。君はしない」
「どうしてそう言えるんですか?」
「君は心のやさしい人だから」
そんな子供騙しみたいな言葉、信じなかった。
「僕は変わったんです」
「そう、変わったよ。もう片方のまぶたにお姉さんを抱えていないだろう? もう片方のまぶたに叔父さんを抱えるのもやめにしようじゃないか」
「それには、殺すしか方法が思いつかない」
「当院としては、その念があまりに強いと入院という措置をとらずにいられないんだが、入院なんかしたくないだろう?」
「──」
絶句した。世界が僕の敵のような気がした。正気じゃない世界にいたほうが楽だった。
「なんで、なんで」僕は泣き出す。「なんでこんなに苦しいんです?」
「それは君が正常だからだよ」
先生の言葉に、僕は聞き耳を立てているだろう家族のことも忘れて大声で泣き出した。
迅速に入院措置がとられた。高熱にうなされていたせいと、復讐を心配した家族のせいで。
父と母は病院に付き添わなかった。エミコ叔母さんが代わりに僕にずっと付き添っていた。
簡素な個室。与えられた薬は熱に作用するものなのか怒りに作用するものなのか、ぼうっとした頭を見事に作り出してくれる。なにも考えられない。
心配そうなエミコ叔母さんの顔が見えていたので、僕は大丈夫だよというふうに笑いかけた。
「四十度近くあるから、つらいでしょうね」
点滴されてる僕の手を、エミコ叔母さんは握ってはなさない。
「やりたいことができない環境がつらい」
僕の口は勝手にしゃべった。たぶん熱か薬のせいだ。そうさせておきたい。
「本気で復讐だとか殺害だとか考えてるの?」
「本気だよ」
「殺してなにになるの? 私、ライトくんが今度は刑務所入るなんて考えたくもないわ」
「──いつ? いつから知ってたの、仮出所のこと」
「二ヶ月くらい前から。隠しててごめんね。言ってもいい結果になると思わなかった」
「二ヶ月も前から殺人計画を企てると思った?」
「ううん、そっちじゃない。ライトくんが耐えられなくて入院するか自殺しちゃうと思った」
ちらりとエミコ叔母さんの視線が僕のリストカットあとに走る。
「信じてくれなくてもいいけど、ライカが現れたんだ。許すって言ってくれたよ、全て許すって」
「あたりまえじゃない、なにも許されなきゃならないことなんてライトくんにはないのよ。勝手に背負わないの。自分のせいじゃないって思うように言われたでしょ。──じゃあ、私も白状する。私のせいなの」
「どういうこと?」
「頼まれていた、あなたたちの世話を。近くに住んでたし、仕事も遅くまでしてなかったし。でも私、断ったのよ。私が断らないでいたら──? ね、私のせいでしょ」
エミコ叔母さんは自分の涙を隠すために僕の手をはなした。
「そんなの全然エミコ叔母さんのせいじゃないよ」
考えたことすらなかったし、知らされた今だってなにも感じない。
「いいえ、私のせい。なんど泣いたことか。いっとき、ショウタを産んで母乳を諦めてなんとかって薬も飲んでた。でも、なにも変わらなかった。だからお姉ちゃんちから離れて、忘れるよう忘れるよう、してた。もし、もし私があなたたちの世話をしていたら──?」
「もう考えないで、そんなこと。そんなもしなんてないんだから」
「いいの? 許してくれるの、私のこと?」
──許し。この人すら請うていたとは。
「許すもなにもないよ。最初からありえない話なんだから」少し僕は考えてから、そして、言った。「許す」
僕がライカに言われて嬉しかったから、言ってみた。
「ありがとう、ライトくん。だからお願い、復讐なんてやめて」
エミコ叔母さんは僕の手を握って子どものように泣きじゃくった。不思議な感覚だった。たった一言で僕も叔母さんも泣いたから。──許す。それだけで。
「ヤナギダくん、どうした。熱は下がったかな? 君が来ないんで先生は寂しいよ」
「それが……、あ、熱は下がりません。夜中にすごい悲鳴を上げちゃって、家族を飛び起こしちゃって……、僕、正気になったはずなのに」
「気には次にためたポイントでなにをしようとしていた?」
そう聞かれたとたん、バレてたんだと悟った。
「復讐です。だって、あたりまえでしょう?」
「そうだね、あたりまえだ。でも復讐はポイントではできないよ」
「どうして?」
愕然としてしまう。ポイントでなければなにで復讐すればいいんだ。
「そういうルールだから」
「そんなルール知らない」
必死になって僕は食い下がった。
「じゃあ今、知ったね。君は今、焦ってる。不安も抱えてる。あたりまえだよ。怖いと思うのもあたりまえだ。復讐心も当然、君の権利として頭の中で考えるのはあるだろう。それが正気というものだよ」
「でも僕、たぶん本気で考えているんです。叔父への仕返しを。どう殺すか、なにを用意するか、どうやってやるか、いつどこでやるのか」
「考えてるだけだ。君はしない」
「どうしてそう言えるんですか?」
「君は心のやさしい人だから」
そんな子供騙しみたいな言葉、信じなかった。
「僕は変わったんです」
「そう、変わったよ。もう片方のまぶたにお姉さんを抱えていないだろう? もう片方のまぶたに叔父さんを抱えるのもやめにしようじゃないか」
「それには、殺すしか方法が思いつかない」
「当院としては、その念があまりに強いと入院という措置をとらずにいられないんだが、入院なんかしたくないだろう?」
「──」
絶句した。世界が僕の敵のような気がした。正気じゃない世界にいたほうが楽だった。
「なんで、なんで」僕は泣き出す。「なんでこんなに苦しいんです?」
「それは君が正常だからだよ」
先生の言葉に、僕は聞き耳を立てているだろう家族のことも忘れて大声で泣き出した。
迅速に入院措置がとられた。高熱にうなされていたせいと、復讐を心配した家族のせいで。
父と母は病院に付き添わなかった。エミコ叔母さんが代わりに僕にずっと付き添っていた。
簡素な個室。与えられた薬は熱に作用するものなのか怒りに作用するものなのか、ぼうっとした頭を見事に作り出してくれる。なにも考えられない。
心配そうなエミコ叔母さんの顔が見えていたので、僕は大丈夫だよというふうに笑いかけた。
「四十度近くあるから、つらいでしょうね」
点滴されてる僕の手を、エミコ叔母さんは握ってはなさない。
「やりたいことができない環境がつらい」
僕の口は勝手にしゃべった。たぶん熱か薬のせいだ。そうさせておきたい。
「本気で復讐だとか殺害だとか考えてるの?」
「本気だよ」
「殺してなにになるの? 私、ライトくんが今度は刑務所入るなんて考えたくもないわ」
「──いつ? いつから知ってたの、仮出所のこと」
「二ヶ月くらい前から。隠しててごめんね。言ってもいい結果になると思わなかった」
「二ヶ月も前から殺人計画を企てると思った?」
「ううん、そっちじゃない。ライトくんが耐えられなくて入院するか自殺しちゃうと思った」
ちらりとエミコ叔母さんの視線が僕のリストカットあとに走る。
「信じてくれなくてもいいけど、ライカが現れたんだ。許すって言ってくれたよ、全て許すって」
「あたりまえじゃない、なにも許されなきゃならないことなんてライトくんにはないのよ。勝手に背負わないの。自分のせいじゃないって思うように言われたでしょ。──じゃあ、私も白状する。私のせいなの」
「どういうこと?」
「頼まれていた、あなたたちの世話を。近くに住んでたし、仕事も遅くまでしてなかったし。でも私、断ったのよ。私が断らないでいたら──? ね、私のせいでしょ」
エミコ叔母さんは自分の涙を隠すために僕の手をはなした。
「そんなの全然エミコ叔母さんのせいじゃないよ」
考えたことすらなかったし、知らされた今だってなにも感じない。
「いいえ、私のせい。なんど泣いたことか。いっとき、ショウタを産んで母乳を諦めてなんとかって薬も飲んでた。でも、なにも変わらなかった。だからお姉ちゃんちから離れて、忘れるよう忘れるよう、してた。もし、もし私があなたたちの世話をしていたら──?」
「もう考えないで、そんなこと。そんなもしなんてないんだから」
「いいの? 許してくれるの、私のこと?」
──許し。この人すら請うていたとは。
「許すもなにもないよ。最初からありえない話なんだから」少し僕は考えてから、そして、言った。「許す」
僕がライカに言われて嬉しかったから、言ってみた。
「ありがとう、ライトくん。だからお願い、復讐なんてやめて」
エミコ叔母さんは僕の手を握って子どものように泣きじゃくった。不思議な感覚だった。たった一言で僕も叔母さんも泣いたから。──許す。それだけで。