あと五日。
僕は叔父の顔を思い出せなかったので、夢の中での拷問はうまくいかなかった。
背の高さも覚えていない。酒臭い息、タバコのねっとりとした煙。そんなありふれたことしか覚えてなくて、つかみどころがなさすぎた。僕は夢で逆に過去を思い出し、夜中に何度も何度も飛び起きた。
他のことは覚えていないのに、酸っぱいものがこみ上げてくる嗚咽や、痛くなるあごのことや、叔父が吸っていたタバコの銘柄の匂いを鮮明に思い出せた。
よくない方向に向かっている。僕は打ち勝たなければ。
夢とも現実ともつかない過去の悪夢にうなされてしまい、めずらしく熱を出してしまった。
家にはいたくなかったけど、施設に行けるほどの元気もなく大人しくベッドで眠ることにする。
母が施設に電話してる声がかすかに聞こえてきた、これで先生は心配しないだろう。いや、もっと心配するのかな?
「なにか欲しいものある?」
母が僕の部屋をのぞいてくる。
熱を出したのなんて子どもの頃以来で、僕はとっさに熱を出したときに食べていたアイスのことを思い出した。
「アイス。ほら、ライカが好きだったやつ」
「え」
母の表情が一瞬かたまる。ライカの好きな物を忘れるダメな母親と、彼女はとっさに感じたのだろう。でも、六年も経ってて忘れるのは当然だと思う。少し悪く思い、僕は「いいよ、なんでもない」と、取り消しを求めた。
母はその表情のまま引っ込んでしまう。
しばらくしてばたばたと慌てた感じで父が僕の部屋に入ってきた。
「母さんになにを言ったんだ?」
「どうしたの?」
「母さんは昔の日記を全部引っ張り出してきて、あれでもないこれでもないってやってるぞ」
「ごめん、なにか欲しいかって聞かれたからアイスって答えたんだ。ライカが好きだったアイスって言っちゃったんだ」
「……そうか……。なにごとかと思った。そうだな、ライカが好きなアイスがあったな。名前までは思い出せないが。今でも売ってるのか?」
父はとりあえず理由がわかったからか、落ち着いてくれたようだった。
「どうだろう。熱出したときによく食べたの覚えてただけで……。ごめん」
「謝るな。お前は悪くない。よく眠りなさい、熱を出してるんだから」
「……うん」
僕は決まり悪く、顔まで布団に埋めた。
そして、眠っている間に母か父はライカが好きだったアイスを本当に買ってきてくれていた。
「誰が買ってきてくれたの?」
アイスをくわえながらの僕の質問に、居間にいた二人はそっぽを向き合った。どういうことだろう。僕は首をかしげる。
「えへん。一緒に買いに行った」
父さんが咳を一つして、レンズを磨きながら言った。
「一緒に? 一緒に買い物行ったのっていつ以来?」
「えーと、洗濯物、洗濯物」
母さんは独り言をつぶやいてベランダへ行ってしまう。
「五、六年ぶりだろうな」
父さんが結局残されたので答えるはめになった。
「そうだろうね。母さんも院長先生にかかればいいのに」
「いいんだよ。ライカをかたときも忘れない母さんがいいんだ。それに、お前の行ってる施設は青少年用だからな。アイスうまいか? スーパーを三軒も回ったんだぞ」
父さんはレンズから目を離さない。僕はそんな父さんを少し誇らしいと思えた。
「すごく懐かしい味だよ。ありがとう、熱も下がりそうな気がする」
僕は、家もそんなに悪くないと思い始めていた。
僕は叔父の顔を思い出せなかったので、夢の中での拷問はうまくいかなかった。
背の高さも覚えていない。酒臭い息、タバコのねっとりとした煙。そんなありふれたことしか覚えてなくて、つかみどころがなさすぎた。僕は夢で逆に過去を思い出し、夜中に何度も何度も飛び起きた。
他のことは覚えていないのに、酸っぱいものがこみ上げてくる嗚咽や、痛くなるあごのことや、叔父が吸っていたタバコの銘柄の匂いを鮮明に思い出せた。
よくない方向に向かっている。僕は打ち勝たなければ。
夢とも現実ともつかない過去の悪夢にうなされてしまい、めずらしく熱を出してしまった。
家にはいたくなかったけど、施設に行けるほどの元気もなく大人しくベッドで眠ることにする。
母が施設に電話してる声がかすかに聞こえてきた、これで先生は心配しないだろう。いや、もっと心配するのかな?
「なにか欲しいものある?」
母が僕の部屋をのぞいてくる。
熱を出したのなんて子どもの頃以来で、僕はとっさに熱を出したときに食べていたアイスのことを思い出した。
「アイス。ほら、ライカが好きだったやつ」
「え」
母の表情が一瞬かたまる。ライカの好きな物を忘れるダメな母親と、彼女はとっさに感じたのだろう。でも、六年も経ってて忘れるのは当然だと思う。少し悪く思い、僕は「いいよ、なんでもない」と、取り消しを求めた。
母はその表情のまま引っ込んでしまう。
しばらくしてばたばたと慌てた感じで父が僕の部屋に入ってきた。
「母さんになにを言ったんだ?」
「どうしたの?」
「母さんは昔の日記を全部引っ張り出してきて、あれでもないこれでもないってやってるぞ」
「ごめん、なにか欲しいかって聞かれたからアイスって答えたんだ。ライカが好きだったアイスって言っちゃったんだ」
「……そうか……。なにごとかと思った。そうだな、ライカが好きなアイスがあったな。名前までは思い出せないが。今でも売ってるのか?」
父はとりあえず理由がわかったからか、落ち着いてくれたようだった。
「どうだろう。熱出したときによく食べたの覚えてただけで……。ごめん」
「謝るな。お前は悪くない。よく眠りなさい、熱を出してるんだから」
「……うん」
僕は決まり悪く、顔まで布団に埋めた。
そして、眠っている間に母か父はライカが好きだったアイスを本当に買ってきてくれていた。
「誰が買ってきてくれたの?」
アイスをくわえながらの僕の質問に、居間にいた二人はそっぽを向き合った。どういうことだろう。僕は首をかしげる。
「えへん。一緒に買いに行った」
父さんが咳を一つして、レンズを磨きながら言った。
「一緒に? 一緒に買い物行ったのっていつ以来?」
「えーと、洗濯物、洗濯物」
母さんは独り言をつぶやいてベランダへ行ってしまう。
「五、六年ぶりだろうな」
父さんが結局残されたので答えるはめになった。
「そうだろうね。母さんも院長先生にかかればいいのに」
「いいんだよ。ライカをかたときも忘れない母さんがいいんだ。それに、お前の行ってる施設は青少年用だからな。アイスうまいか? スーパーを三軒も回ったんだぞ」
父さんはレンズから目を離さない。僕はそんな父さんを少し誇らしいと思えた。
「すごく懐かしい味だよ。ありがとう、熱も下がりそうな気がする」
僕は、家もそんなに悪くないと思い始めていた。