一日空けてホームへ行くと、すでにライカは来ていた。
「待ってるって言ったじゃない。二時間も待ってたんだよ。なんで来なかったの、昨日」
「──ごめん」
待ってくれる人がいるというのは、久しぶりの感覚だった。
「理由を聞いてるんだけど?」
「……行きづらかった。それだけだよ」
「ふうーん、いいわ、今日は来てくれたし」
パシャリ。また撮られる。
「それ、けっこう恥ずかしいな」
僕はカメラを指した。
「ポイントはためないとね。私がポイントなにに使ってるか言ったっけ?」
「──いや。許しを請うとしか」
「手首をカッターで切っていい許しを請う。今のポイントじゃそれがせいぜいね」
「どうしてそうやって、万引きとかリストカットとか援助交際とか、悪いことばかりするわけ? しなかったら汚れないんだから、死なないですむじゃないか」
「あー、ちがうちがう。死は最終ステージ。愛する人の手で殺されたい、理想はね。なんでもいいの、死にたいって衝動に駆られてる。自分が汚らわしくてしょうがないって。だから、もっと汚らわしいこと求めちゃう。……わかんないよ、きっと」
「……──。僕のデータはどのくらい詳しく載ってた?」
「あなたの叔父が殺人と性的虐待で刑務所行ってる。ってことは、あんたはそういう虐待を受けたかもしれないのね、六年以上前に。発覚するまでどのくらいか知らないけど」
「主に一ヶ月だったよ」
「地獄でしょうね」
「覚えてないよ。一日早く警察が踏み込めば、姉は死ななかったかもしれない」
「そうよね、それ。全部かもしれないの世界なのよね、過去になにかあった人ってそういうふうになんでもかんでも、かもしれない、かもしれなかったって語る」
「僕もポイントをためて許しを請うべきだろうな」
「死んだ人は許してなんてくれないわよ」
わかってる。だからよけいに許しが欲しいんじゃないか。
「そうね」ライカが続ける。「替わりに私が許してあげるわ、たまったポイントで。どう?」
「どうって……」
「許してくれる相手がいるのといないのの差って考えてもみなよ。私が買って出てあげるって言ってるの。他にいるの、許してくれる人?」
「許してもらってもなにも変わらないんじゃないかな」
やんわり断る方向に出る。
「なにを許してほしい? 行ってみなよ、そんな優等生ぶってないでさ。なにかしら悪いことしてるでしょ」
「そうだね」僕は座り方を替える間、考えた。「一昨日、電話で叔母に嘘を吐いた」
姉の名前を使うなんて、母のことを考えたら絶対にいい事態にはならない、それがわかってても僕はあっさり許可をしてしまった。その時言った言葉の全てが 確かに嘘じゃなかった。たとえ六年でなにも変わってなくても、母にそれがいい機会になるなら真面目にいいかと思えたんだ。僕だってなにかを乗り越えるべき だと自分自身気付いてる。だから、自分のためにも。そしてなにより、エミコ叔母さんによく思われたかった。僕があそこで拒否したら全てが終わる。いずれ出 てくるかもしれないけど、ノーを言うのは僕の役目でありたくなかった。好きなエミコ叔母さんにはよい返事をしておきたかった。あの時は本心だと思ったもの が、今考えると崩れてる。最悪だ、自覚のない嘘。
「その嘘で損する人はいるの?」
ライカはなにげない顔で聞いてくる。
「損はしない。誰も。混乱に陥る人がいるかもしれないけど、まだわからない」
「先のこと心配してもしょうがなくない? それ、悪い嘘じゃないよ、きっとね。許すまでもない」
「嘘はいつなんどきだって悪いだろ」
「悪いのは、真実のほうよ」
「どうして?」
「絶対変えられないから。そのせいで心が歪むし、病むし、痛むでしょ」
その考え方に反論はできなかったけど、すべて同意ってわけにもいかなかった。
「でも、真実は真実として絶対必要じゃないかな?」
「必要悪よね」
彼女はやたら自分の言葉にうなずいてるふうだった。もし真実が必要悪だというなら、虚偽はなんだっていうんだろう。
「ん、雨だ」
先に気が付いたのは両手の平を上に向けて空を見上げてるライカだった。
かすかだったけど、ぽつぽつと着実に降ってきている。さすがだな、降水確率五十パーセントだけはある。
僕はとっさにカバンから折りたたみ傘を出した。彼女は傘を持っていないようだったので、二人で一つの傘をどうしようかと少し戸惑う。差し出そうかと思った瞬間、ライカは片手を前に出した。
「やめて、そういう偽善的態度。いいの、自転車だし、濡れるんだから、傘さしてたって。むだなの、どうせ」
無駄なことに抗わない。僕と同じところもあるんだ。たったそれだけのことに気付いただけで彼女を見る目が変わりそうなことに自分で驚く。
挨拶もなしにライカはホームを降りていった、彼女の背中が見えなくなるまで僕は見守った。
もう、僕の中で死んだライカと上級生のライカは似た存在になりつつあった。──守りたい、ただそれだけを強く感じていた。
「待ってるって言ったじゃない。二時間も待ってたんだよ。なんで来なかったの、昨日」
「──ごめん」
待ってくれる人がいるというのは、久しぶりの感覚だった。
「理由を聞いてるんだけど?」
「……行きづらかった。それだけだよ」
「ふうーん、いいわ、今日は来てくれたし」
パシャリ。また撮られる。
「それ、けっこう恥ずかしいな」
僕はカメラを指した。
「ポイントはためないとね。私がポイントなにに使ってるか言ったっけ?」
「──いや。許しを請うとしか」
「手首をカッターで切っていい許しを請う。今のポイントじゃそれがせいぜいね」
「どうしてそうやって、万引きとかリストカットとか援助交際とか、悪いことばかりするわけ? しなかったら汚れないんだから、死なないですむじゃないか」
「あー、ちがうちがう。死は最終ステージ。愛する人の手で殺されたい、理想はね。なんでもいいの、死にたいって衝動に駆られてる。自分が汚らわしくてしょうがないって。だから、もっと汚らわしいこと求めちゃう。……わかんないよ、きっと」
「……──。僕のデータはどのくらい詳しく載ってた?」
「あなたの叔父が殺人と性的虐待で刑務所行ってる。ってことは、あんたはそういう虐待を受けたかもしれないのね、六年以上前に。発覚するまでどのくらいか知らないけど」
「主に一ヶ月だったよ」
「地獄でしょうね」
「覚えてないよ。一日早く警察が踏み込めば、姉は死ななかったかもしれない」
「そうよね、それ。全部かもしれないの世界なのよね、過去になにかあった人ってそういうふうになんでもかんでも、かもしれない、かもしれなかったって語る」
「僕もポイントをためて許しを請うべきだろうな」
「死んだ人は許してなんてくれないわよ」
わかってる。だからよけいに許しが欲しいんじゃないか。
「そうね」ライカが続ける。「替わりに私が許してあげるわ、たまったポイントで。どう?」
「どうって……」
「許してくれる相手がいるのといないのの差って考えてもみなよ。私が買って出てあげるって言ってるの。他にいるの、許してくれる人?」
「許してもらってもなにも変わらないんじゃないかな」
やんわり断る方向に出る。
「なにを許してほしい? 行ってみなよ、そんな優等生ぶってないでさ。なにかしら悪いことしてるでしょ」
「そうだね」僕は座り方を替える間、考えた。「一昨日、電話で叔母に嘘を吐いた」
姉の名前を使うなんて、母のことを考えたら絶対にいい事態にはならない、それがわかってても僕はあっさり許可をしてしまった。その時言った言葉の全てが 確かに嘘じゃなかった。たとえ六年でなにも変わってなくても、母にそれがいい機会になるなら真面目にいいかと思えたんだ。僕だってなにかを乗り越えるべき だと自分自身気付いてる。だから、自分のためにも。そしてなにより、エミコ叔母さんによく思われたかった。僕があそこで拒否したら全てが終わる。いずれ出 てくるかもしれないけど、ノーを言うのは僕の役目でありたくなかった。好きなエミコ叔母さんにはよい返事をしておきたかった。あの時は本心だと思ったもの が、今考えると崩れてる。最悪だ、自覚のない嘘。
「その嘘で損する人はいるの?」
ライカはなにげない顔で聞いてくる。
「損はしない。誰も。混乱に陥る人がいるかもしれないけど、まだわからない」
「先のこと心配してもしょうがなくない? それ、悪い嘘じゃないよ、きっとね。許すまでもない」
「嘘はいつなんどきだって悪いだろ」
「悪いのは、真実のほうよ」
「どうして?」
「絶対変えられないから。そのせいで心が歪むし、病むし、痛むでしょ」
その考え方に反論はできなかったけど、すべて同意ってわけにもいかなかった。
「でも、真実は真実として絶対必要じゃないかな?」
「必要悪よね」
彼女はやたら自分の言葉にうなずいてるふうだった。もし真実が必要悪だというなら、虚偽はなんだっていうんだろう。
「ん、雨だ」
先に気が付いたのは両手の平を上に向けて空を見上げてるライカだった。
かすかだったけど、ぽつぽつと着実に降ってきている。さすがだな、降水確率五十パーセントだけはある。
僕はとっさにカバンから折りたたみ傘を出した。彼女は傘を持っていないようだったので、二人で一つの傘をどうしようかと少し戸惑う。差し出そうかと思った瞬間、ライカは片手を前に出した。
「やめて、そういう偽善的態度。いいの、自転車だし、濡れるんだから、傘さしてたって。むだなの、どうせ」
無駄なことに抗わない。僕と同じところもあるんだ。たったそれだけのことに気付いただけで彼女を見る目が変わりそうなことに自分で驚く。
挨拶もなしにライカはホームを降りていった、彼女の背中が見えなくなるまで僕は見守った。
もう、僕の中で死んだライカと上級生のライカは似た存在になりつつあった。──守りたい、ただそれだけを強く感じていた。