ものすごく努力家の人がいる。
私はいつでもさっさと他力本願寺に駆け込むので、そういう人と話したりメールしたりすると、己の情けなさをまじまじと自覚する。

がんばりすぎてる人って、意識してがんばってることやめないと潰れちゃいそうで痛々しい。

私は薄らハッピー性格なので、なんでも楽しむ。
たぶんバカなだけだけど、不幸を感じると急にヒロインになった気になる。
「そうよ、耐えるのよ、ドンマイ」とかって、誰も受け止めてくれないトスをくり出す。
この性格はかなり天性なので、理解はされないかもしれない。
だから、本当の不幸って知らない。
家族が急に自殺したとか、自分が自殺に失敗した、勝手に全財産使い込まれてた程度の不幸しかしらない。

現状に耐えられなくてなにが見えようが聞こえようが、「なにこれー、すげー」という驚きから始まる。
まずテンション上がっちゃう。
そこからまちがってる気もする。
不安を覚えるのって、通り過ぎて冷静になれてから。まっただ中はよくわかってない。
まっただ中で冷静になれる人がかわいそうだ。

どうしたらそんなバカになれるの?
って?
楽しむの、とりあえず。
状況に浸るごっこするの。
とりあえずできるところまで絶望する。
絶望をありったけ実感する。体感する。
もし○○だったらなんて考えない。もう今しかないんだもん。
そのあとはなるようにしかならないし。
全て失うと、涙なんて出ない。
怒りもわかないし、じゃあ自分はどうするか前向きな考えが相対してでてきちゃう。
たぶんあまのじゃくだしかな。

大人もごっこ遊びすればいいのにな。
成りきるのって意外と忘れてる感覚だったりする。

幸せだけでもダメ、不幸なだけでもダメ。
だから、たまにはごっこ遊びを提案する。

がんばりすぎてる人は、がんばらないごっこ推奨。
張り詰めた糸が切れちゃう前にね。あ、そのおでこの血管かな?
毒吐きも、ごっこ遊びなら許されると思うな。
ただ、やるならとことんだよ。一縷もなにも残しちゃダメなくらい本気で。

童心は、なくしたわけじゃない。忘れてるだけ。