見える人
私は霊とかそういうものをハタチ以降は否定してきたけど、それまではものすごく感じる人だった。
一人で外を出歩けないくらい感じまくってた。部屋に誰それがいると普通に言いまくってた。
感じなくなっていって、信じなくなった。で、今がある。
旦那はバリバリの理系なので、見えない・感じない人だと思ってたのに、昨日、恐ろしいことを口にした。
「この部屋にはなにもいないね」
この部屋には。じゃあ、どの部屋にはいるって言うのよ。
なんでも、最近、さわられたりするらしい、腕や頭を。すぅっと。
いやー、信じないぞ、そんなこと言われたって。
気のせいだ。
いないぞ、そんなもの。
過去にどのくらい見えてた・感じていたからって、今、信じてないんだから。
うっすらと記憶にはある。
昔住んでいた家の部屋に見知らぬおばあさんが正座していたりとか。
あの家はお風呂派が一番すごかった。無数の手が伸びてきた。
それが小学5年までたまに父親と一緒に風呂に入っていた理由だけど。
思い出せない。記憶にブロックをかけてる。それくらい恐怖を覚える過去だった。
「このまま寝てしまって起きたときにどこか違うところにたらどうしよう」
と、真面目に考えたことはしょっちゅうだった。
パジャマでいる理由の説明。お金を持ってないから帰れない。そもそもどこへいくのか。
マジに考えてた。
でも、小学生くらいまでそういうことを考えるのは普通だとどこかの心理学の本で読んでホッとした覚えがある。
私、普通じゃんって。
まちがってもUFOに連れてかれていくとか、そういうことは考えなかったな。
私がアメリカ人だったらUFO説で決まりだっただろうけど。
もちろん、今はそんなこと微塵も考えつかない。逆に、起きたら違うところへ行ってみたいもんだ。
最近は、虫の幻覚くらいだ。
小さな点があると瞬時に「虫?」と決めつけて目が確かめてしまう。98%くらいは虫じゃない。だからいいかげん学習したらいいのに、それでも小さな点を見つけるたびに虫だと思い込む。
それに伴う嫌悪感は消えたけどね、いいかげん。
虫でもいいや、くらいの勢いではある。あきらめかな。
ある程度歳をいってから見えるようになった場合、これはまわりが信じるべきなのか?
なにかのストレスからくる神経症みたいなものじゃないのか?
これはカウンセラーに相談すべき問題ではないのか?
この3つの質問、どれを言っても怒られそうなので封印するしかない。
ハタチ以降見えなくなった・感じなくなったと書いたけど、本当は見えてるし感じてもいる。
否定ができるようになっただけ。
いない場所に行くようにしてるだけ。
うまい立ち回りを覚えただけ。
それだけ。
人生は変わった。
もちろん、いいほうに変わったはずだった。一時は。
なんでも、失うという行為はさみしいもので。
信じられるならもう一度信じたいと今は思う。もう手の届かなくなったものを。
一人で外を出歩けないくらい感じまくってた。部屋に誰それがいると普通に言いまくってた。
感じなくなっていって、信じなくなった。で、今がある。
旦那はバリバリの理系なので、見えない・感じない人だと思ってたのに、昨日、恐ろしいことを口にした。
「この部屋にはなにもいないね」
この部屋には。じゃあ、どの部屋にはいるって言うのよ。
なんでも、最近、さわられたりするらしい、腕や頭を。すぅっと。
いやー、信じないぞ、そんなこと言われたって。
気のせいだ。
いないぞ、そんなもの。
過去にどのくらい見えてた・感じていたからって、今、信じてないんだから。
うっすらと記憶にはある。
昔住んでいた家の部屋に見知らぬおばあさんが正座していたりとか。
あの家はお風呂派が一番すごかった。無数の手が伸びてきた。
それが小学5年までたまに父親と一緒に風呂に入っていた理由だけど。
思い出せない。記憶にブロックをかけてる。それくらい恐怖を覚える過去だった。
「このまま寝てしまって起きたときにどこか違うところにたらどうしよう」
と、真面目に考えたことはしょっちゅうだった。
パジャマでいる理由の説明。お金を持ってないから帰れない。そもそもどこへいくのか。
マジに考えてた。
でも、小学生くらいまでそういうことを考えるのは普通だとどこかの心理学の本で読んでホッとした覚えがある。
私、普通じゃんって。
まちがってもUFOに連れてかれていくとか、そういうことは考えなかったな。
私がアメリカ人だったらUFO説で決まりだっただろうけど。
もちろん、今はそんなこと微塵も考えつかない。逆に、起きたら違うところへ行ってみたいもんだ。
最近は、虫の幻覚くらいだ。
小さな点があると瞬時に「虫?」と決めつけて目が確かめてしまう。98%くらいは虫じゃない。だからいいかげん学習したらいいのに、それでも小さな点を見つけるたびに虫だと思い込む。
それに伴う嫌悪感は消えたけどね、いいかげん。
虫でもいいや、くらいの勢いではある。あきらめかな。
ある程度歳をいってから見えるようになった場合、これはまわりが信じるべきなのか?
なにかのストレスからくる神経症みたいなものじゃないのか?
これはカウンセラーに相談すべき問題ではないのか?
この3つの質問、どれを言っても怒られそうなので封印するしかない。
ハタチ以降見えなくなった・感じなくなったと書いたけど、本当は見えてるし感じてもいる。
否定ができるようになっただけ。
いない場所に行くようにしてるだけ。
うまい立ち回りを覚えただけ。
それだけ。
人生は変わった。
もちろん、いいほうに変わったはずだった。一時は。
なんでも、失うという行為はさみしいもので。
信じられるならもう一度信じたいと今は思う。もう手の届かなくなったものを。