12月29日に書いたの放っておいた
自分かわいそうって信じ切って演じてる人たちって多い。
何年か前まで私もやってた。
被害妄想の塊と化して、なんにつけても自分のせい、自業自得、因果応報、
なんでこんなに私だけ・・・みたいな世界に浸りきってどろどろと過ごしてた。
そこからの出口を探すこともしなかった。
怖かったんだと思う、他のもののせいする勇気さえなかったんだ。
尊敬する友人の言葉を借りるなら、
「他者との差別化を図りたいのなら自分の自我で差別化すればいいのにどこにでもある人格構成要素で差別化を図ろうとするから、個別化を目指しているのに集合としての没個性化が進んで結論として個人の個性が失われることにいいかげん気づけ」
とのことで、難しくて半分くらいしかきっと理解できてないんだけど、
要は、自己嫌悪と自己弁護の延々たる繰り返しの為に文字を綴るのなんてくだらないの一言に尽きるんだと思ってる。
自分を虐める。時に許してみる。たまには褒めてやりさえする。
アップダウンするけど、そこにはなんの変化もない。
一本の線をなぞってるだけで、ものすごく2次元。
人間関係は2次元では成り立たない。
たぶん、気がつかなければ次の次元へは移行できないだろう。
気がつく必要もないんだけどね、他人が見てて見苦しいだけで。
自然淘汰で消える過程をのんびり眺めてあげてる。
可能性がないのに育てるのって最高に酷だと思う。
いいんじゃないの、とっとと認めれば。
自分かわいそうね、はい、わかったから。
あんた被害者ね、よくわかったから。
じゃあ、次を考えようよ。
本人に直接仕返しするの? 誰かに悪口言ってうさ晴らすの?
なんかやってそこで終わりにしなって。
でなきゃ、あんた、好きで悲劇のヒロインやってるとしか思えない。
本当はそこのポジションが好きなんだろ?
認めろよ、みんなの同情買うのがたまらなく快感なんだって。
誰にも相手にされないのが怖いんだって。
自分のこと忙しいと言ってるやつは忙しくなんてない。
本当に忙しい人は、自分が忙しいかどうかの判断もつかないくらい忙しい。
本当にトラブってる最中って気がつかないもんじゃない?
状況判断を下せるくらい冷静なら、まだまだ余裕あるって前向きにとらえるべき。