葬儀屋のバイト時代、週に二三回は仏さまをおひつぎへおさめておりました。とある日、狭くて汚いアパートから仏さんを降ろしたわけです。布団を持ってみんなで降ろしてく。慎重に、慎重に。息子さんたちや親族のかたがた、ご近所の皆様方ヨロシク集まって「せまーい」アパートの渡りローカ(外に面している)を 通っていくのです。曇り空で雨がパラパラと降っているどんより雲の下、午後二時。鉄のパイプで出来たいかにも頑丈だけが売り物の階段までやってきた。俺は 経験からこういったところはムチャクチャ滑りやすいって分かってたんで、「皆様方、ぬれておりますのでお気を付けになって、ゆっくりお降りください」と営 業語を使って誘導した。そしてそろりそろりと、処女のごとく(?)階段を降りたのだ。
と、その時。
俺の目の前で毛布を持っているショ ンボリした”とっつあん”が、消えたのだ。ふっと目で捜すと、”とっつあん”は足を踏みはずし、こけて階段の上に座り込んでしまった。鉄板のガーンという 安っぽい音が響いたんで、こりゃよっぽど強く打ちつけたに違いない。まさかこのまま、とっつあん、ほっとくわけにはいかず、とりあえず、
「大丈夫ですか?」と聞く。するととっつあんは座り込んだまま振り向き、手を挙げてやおら、
「大丈夫、大丈・・・」と言いかけたままドッコン、ドッコンと表音記号にあるまじき擬音を立てて、およそ20段はあるかと思われるぬれた鉄の階段を滑り台かのように、滑って(墜ちて)いった。
どうしたもんか?
そう考えている俺をよそにそのとっつあんは何と下までこけ墜ちてしまったのだ。
「大丈夫ですか?」と再び聞くと、今度はすくっと立ち上がり、
「大丈夫・・・」とだけ、短く答えた。
ぼうぜんとしている皆をよそに、そのとっつあんは物陰へ消えていった。結局あのとっつあんは何をしに来ていたんだろうか。俺はそう考えながら、パラパラ雨の中、仏さんを降ろしていった。
