東京45年【96-2】根津
1986年3月 25才
『はい、お片付けが終わりましたよ。。。良い食事会でしたね』
と奥さんと玲がお茶を持って居間に入って来た。
『司、どうしたの?泣いているの?』
『ああ、副会長と初めて心の交流が出来たんだ。嬉しいんだ』と俺。
『それは、それは、良かったですね』と奥さんが言った。
『奥さん、副会長が奥さんと仲良くしたいと言っていましたよ』と俺は言った。
『バカ!!!島。俺はそんな事を言ってないぞ』と珍しく副会長が慌てた風だった。
『良いんじゃないですか?仲良くされた方が良いですよ。ねえ、司』と玲が笑った
『ああ、そう思うよ。だって、40年も一緒に居て、
これからも一緒に居るんだから、それが良いよ』と俺。
『そんな事は、お前の様な若造に言われなくても分かっている』と副会長。
『副会長、分かっていても出来なかった竹中さんと、
やっちゃう俺と、どっちが良いですか?』と俺はお道化て言った。
『お前はいつもサラッと言いづらい事を言うな!!!』と副会長が笑った。
『良いですね。私もこんな人が良かったわ』と奥さんが言った。
『お前、そんな事を言うのか?』と副会長。
『だって、あなたは、いつも仏頂面をして、ニコリともせずに居るんですもの。
そんな生活が楽しいんですか?』と奥さん。
『それは、そうだが。。。。お前には、苦労を掛けて申し訳なかったとは思っているんだ』と副会長。
『あら、そんな事、初めて言いましたね』と奥さん。
『そんな事は無い。。。。いろいろと心配も掛けたしな』と副会長。
『そうですよ。銀座の女とか、青山とかですよね』と奥さん。
『お前、それ。。。。。』と副会長。
『もう昔の話ですから、言いっ子なしですけど、やっと言えましたよ。。。女はずっと覚えているんですよ』と奥さん。
『司もそんな事するの?』と玲が聞いた。
『俺は、そんな事は無いな』と俺は答えた。
『島だって男だ。これから先、無い訳はないだろう』と副会長が味方を付けようとして言った。
『副会長、僕には無理だと思います。それに、もしそんな事があったとしたら、全部話しちゃうと思うんで。。。。。やっぱり、無いですよ』と俺。
『そうね。司には無理ね。。。。もし、そんな事があったら司はいきなり別れると思うわ』と玲が悟った様に言った。
『でも、副会長。認めちゃって良かったんですか?』と俺は聞いた。
『あっ。。。まあ、分かっていたなら仕方が無いじゃないか』
と副会長はバツが悪そうにしていた。
『でもね。。。そんな頃に、夜中に、この人を車で銀座まで
迎えに行った事があったんですよ。
もう、私が嫉妬に燃え盛っている頃だったんです。
この人は、ベロベロに酔っ払っていて、おまけにワイシャツや
頬っぺたに赤いキスマークが付いているんですよ。
助手席にこの人を乗せて、私は不機嫌極まりなかったんです。
それで、ここに帰って来る途中で、
運転に慣れていない私が事故を起こしそうになったんです。
そうした瞬間に、この人は、助手席から左手でハンドルを
切って、右手で私をシッカリと押さえてくれたんです。
一瞬の事でした。ブルブル震える私に、俺が運転するって言って、
運転を代わったんです。
私は震えながら、「ああ、私は、この人と添い遂げよう」
って思ったんです。それから、30年近く経ちましたけどね。
やっと、言えました』と奥さんが静かに言った。
『良い話ですね。。。。いや、その。。。嫌な事をしたのは、副会長ですけど、こんな純愛もあるんだなって。。。済みません。。。。奥さん』と俺が言った。
『も、も、申し訳なかった』と副会長が神妙に言った。
『やっと、認めて、謝ってくれましたね。銀座は許します』と奥さん。
『ごめん。ありがとう』と副会長は胸を撫で下ろすように言った。
『ですが、青山は未だですよ』と奥さんは笑いながら言った。明るい笑顔だった。