東京45年【89-6】神楽坂 | 東京45年

東京45年

好きな事、好きな人

東京45年【89-6】神楽坂

 

 

 

1986年 正月

 

 

『さて、私は、お風呂を溜めますね』

 

 

『ああ、お願いね』

 

 

お父さんも帰って来て、4人で夕食を食べた。楽しい食事だった。

 

 

『凄いんですよ。

 

全部同じメニュー5種類で同じ食材、調味料も。

 

で、唯一隠し味だけが違うだけなのに、全部玲が勝つんですよ。美味いんですよ!!!

 

で、成ちゃんの隠し味は全部当てて、成ちゃんは一つも当てられなかったんですよ。

 

いやあ、相当悔しがっていましたけど、全部玲が作った方が美味いんですから文句が言えないんですよ。

 

あれはホントに凄かったです。

 

そんな玲が作った物を僕は毎日食べているんですよ。

 

こんな幸せって無いですよね』と俺は興奮気味に話した。

 

 

『多分、玲子には簡単なんですよ』とお母さん。

 

 

『司は知っていますか?

 

玲は美味しい物を作るだけじゃなくて、

 

その人の味覚に合った物が作れるんですよ』とお父さん。

 

 

『そうなんですか?

 

じゃあ、僕は毎日僕が好きな味を食べているって事ですか?

 

凄いな、玲』

 

 

『そんなに褒めなくても良いわ。それよりお母さん、この餃子火を入れ過ぎだわ』

 

 

『ほら、これなんですよ』とお母さん。

 

 

『そうか。あのセロリ。

 

香菜類とか匂いがきつい物は苦手なんですが、最初の朝、セロリが生れて初めて美味いと思ったんです。

 

あれもそうなんだ』

 

 

『そうよ。

 

司は、ライオンでパセリとかセロリを食べなかったから。。。

 

それで出したのよ。。。

 

それに今は司が好きな味と苦手な物は知っているから、

 

それでも栄養のバランスはちゃんとしないといけないからね』

 

 

『凄いな、玲』

 

 

『それより、司の山登りがあんなに凄いって知らなかったわ』

 

 

『それより、玲の味覚は俺と合っているのか?』

 

 

『うん、結構合っているわ。私が好きな味の一部が司の好きな味って感じかな』

 

 

『そうか、それなら良かった。少しは共通の好きな味があるって言う事だ』

 

 

『司の味覚は幼稚なのよ。それを広げようと思っているの』

 

 

『へー、広げられるんだ』

 

 

『それと、知床に長い期間行くから体内にエネルギーが貯えられる様にしているのよ』

 

 

『そんな事も出来るんだ』

 

 

『そうよ。エネルギーを蓄えておけば食料が足りなくなっても生きられるわ』

 

 

『玲って天才じゃん。そりゃあ、頼もしいよ。ていう事は、外食が好きって訳でも無いんだ』

 

 

『そうよ。でも食材が簡単に手に入らない物もあるから、そいうものはお店で食べるしかないわ』

 

 

『へー、お母さんはどうなんですか?舌は?』

 

 

『私は普通ですね。でも主人が私より敏感だと思いますよ』とお母さん。

 

 

『玲子ほどじゃあ無いけど、少しは分かるかな。玲は嗅覚も鋭いからな』とお父さん。

 

 

『そうなんだ。じゃあ、俺が山から帰ってきたら臭いだろう、あははは』と俺。

 

 

『司は体臭がそれほどでも無いし、甘い匂いがする。

 

不二家のミルキーみたいな。

 

味は塩分多めの昆布かな』と玲。

 

 

『そこまで分かるんだ』

 

 

『香水の匂いまで分かるから、接待に行くと大変なんですよ』とお父さん。

 

 

『でも、いろんな香水の匂いだから浮気じゃあ無いから安心よ。お母さん』と玲。

 

 

『なるほど。一つの香水だと浮気って事なんだ。じゃあ、混ぜれば良いんだ』と俺。

 

 

『司、ごまかす事を考えているの?浮気予備軍はお断りよ』

 

 

『いや、予防だよ。予防。何もしていないのに疑われるのも、ねえ、お父さん』と俺。

 

 

『男同士、相見互いだな。なあ、司。あははは』

 

 

『じゃあさ、玲、研究室から帰ってきたらどんな匂いがするの?』

 

 

『薬品と土っぽい匂いとカビの匂いね』

 

 

『カビ?』

 

 

『多分、お掃除していなくて、ジメジメした暗い場所もあるんだわ。さっきは部室の匂いがしたわ』と玲。

 

 

『へー、じゃあ、どんな人とどこに行ったか分かるんだ』

 

 

『そうよ。司は安心なの。

 

言っている事が匂いと一致しているから。

 

司は部室と研究室と東銀座の小料理屋と

 

池袋の喫茶店、日本山岳協会、寮、そんなとこね。

 

行く場所が決まり過ぎてるのに、よく飽きないわね』

 

 

『お父さん、こいつが嫁さんだと大変ですよね』と俺。

 

 

『娘でも大変ですよ』とお父さんは笑った。

 

 

『なんか、俺は警察犬と結婚するんだ。。。。あはは』と俺。

 

 

『失礼ね。あなたはもう私の物だから諦めてね。でも、分からない方が良いって言う事もあったわ』

 

 

『ああ、例の』

 

 

『そうよ。あの浮気男よ。

 

社内の女とも付き合っていたのよ。

 

だから1ヶ月で分かったわ。

 

しょうちゃんも他に女が出来たら直ぐ分かったわ』

 

 

『何も悪い事をしてなくても罪悪感が湧いてくるなあ』と俺。

 

 

『でもね。司が作ったあの雑炊は完璧だったわ。

 

あれは美味しかった。料理の素質はあるわ。

 

それにお風呂場のカビ取りをしてくれたのは匂いで分かったわ。

 

やろうと思ってて手が回って無かったから』

 

 

『おや、良い旦那様じゃない。主人は何もやってくれないから羨ましいわ』とお母さん。

 

 

『司、やり過ぎは良くない。私の立場が無くなる』とお父さん。

 

 

『あら、お父さん、そっちに引っ張らないでよ。これは司の愛の証なんだから。それにね、便器を素手で掃除するのよ。あれはビックリよ』

 

 

『だって、公衆トイレじゃあ無いから俺と玲だけだから俺は全然平気だよ。ちゃんと手を洗えば良いしさ』

 

 

『でも、なんか私は恥ずかしいわ。お腹の中まで探られているみたいだわ』

 

 

『それは、さっきの嗅覚も一緒だろう』と俺。

 

 

『それはそうね。。。アハハ』