東京45年【89-3】神楽坂
1986年 正月
冬の乾燥した東京をトボトボと歩いた。
寒かったが、日は暖かだった。
玲の実家に向かった。
『ただいま帰りました』
『お帰りなさい』
『済みません。少し遅くなりました。ちょっと後輩を説教してて』
『あら、怖い先輩だわ。何かやらかしたの?』
『いや、そうじゃなくて』
俺はお母さんに事情を説明した。
『僕には関係ない事なんで、お節介かも知れませんが、そんないい加減な事をしていたら、いい加減な山岳部になる様な気がして、出過ぎた事ですけど。。。』
『それは良い事です。出過ぎでもありませんよ』
『山の中で言おうかと思ったんですが、
山では他のメンバーの士気に関わるので、
下に降りてから言おうと思っていました』
『良い先輩だわ。そんな事、社会に出たら言ってくれる人は居ないですよ』
『そいつは、良い奴なんです。
みんなに信頼されて、山の実力もそこそこあるのに。。。。
今回山の中で知ったので、それを伝えたかったんです。
ご両親に許して貰って、気兼ねなく大学を卒業して欲しいです』
『あなたはそんな人だって玲子も言っていましたよ。
竹中さんのご両親に挨拶に行けて、
胸のつかえが取れたのもおなたが居たからだと言っていました。
ちゃんとした人だと』
『いや、そんな褒められたもんじゃないです。後悔している事もあります』
『あら、そうなの?どんな事?』
『玲にはちゃんと言えてないんですけど。。。
前に付き合っていた女性と別れてから、いろんな女性と遊びました。
彼女達の気持ちを弄んでいました。
山は真面目に続けていましたが、都会では最低の奴でした』
『それも玲子から聞きました。
玲子は、あなたとお付き合いを始めた頃にいろんな人に聞いていた様なんです。
朝日新聞の方とか、その他の方々にも。
それで私に元の彼女にまだ想いがあるんじゃないかと言っていました。
あの子がそんな事をする子だと思っていなかったので驚いていましたけど。
でもそうじゃなかったって、今回の旅行で全部分かったって喜んでいましたよ。
最初からあなたは玲子だけを見ていた事が分かったって。
でも、その女性の方々もあなたの気持ちは分かって居たのかも知れませんよ。
島谷さんは正直な方ですから、いい加減な気持ちに悩んでいる事は女は直ぐに気が付きますから。
そこまで分からなくても気持ちが無い事は直ぐに分かりますからね』
『じゃあ、玲は最初から僕を受け入れてくれて、僕の気持ちを確かめていたって事ですか?』
『そうですね。
司が丁寧だから傷つけない様に、好きでいてくれようと無理しているんじゃないかと言ってました。
ああ、それから何年も前に気になる人がいる。
だけど、その人には彼女がいるからって言っていたんです。
そんな事は言わない子でしたから私も気になって覚えていたんです。
それで年末に来た時になんとなく玲子に聞いてみたら、「そうよ。それは司よ」って。。。
そんな子だったのって、私もビックリです。
銀座で引っ掛けたって言ってたから、
てっきり、それからだと思っていたのに、
5年くらい忘れられなかったっていうから、
我が子ながら女を感じました』
『そうなんです。それは僕も感動しました。
付き合い始めてからどれだけ想いを秘めていたんだろうと。
僕には出来ない事ですから。
目立つ女性だから周りは余計に見えなくなるんですね。
人が寄ってくるから隠すんですかね?』