エントリーを書こうか書くまいか悩んだけど、今後起こってしまうかもしれない自分に対しての警告としてエントリーしておく。


なかなか実際の所、やっている本人はまったくと言っていいほど気がつきにくい話ですが、結構、手段が目的になっている場合が多い。

最近あった話で、

新卒を対象に毎年やっている富士登山研修が台風で中止という話になった。

でも、良く考えて欲しい。

あくまで富士登山というのは手段であって、大切なことは”研修”という名のもとの『本質的な目的』である。

あえて『本質的な目的』についてはここで記載しませんが、『本質的な目的』を達成させるためには、別に富士登山でなくても別のものでもいいのではないかと思う。

もちろん、富士登山は景色がいいとか、準備が大変だとか、いろいろと『本質的な目的』以上に魅力を感じますが、そうなってしまうと富士山に登ることが目的となってしまい、『本質的な目的』が2次的なものとなり目的である富士登山が終わっての感想としてしか『本質的な目的』に触れられないかもしれない。

『本質的な目的』は、意識して取り組む場合と意識して取り組まない場合とでは、各自に対する刷り込まれ具合が天と地ほどの差があると思う。


もちろん、富士登山が目的だというのならそれはそれで良いのかもしれない。

でもそうでないならば(と、いうかそうであってほしくないが)、しっかりと、『本質的な目的』を見据えて準備をすべきだと考える。

そういう意味では手段はもちろん複数あるべきだし、今回に限っては台風の話など既に何日か前からわかっていたのだから、『本質的な目的』さえわかっていれば対応できたはずだ。


サービスや今後の私達の取り組みについても同じことが言える。

しっかりと、『本質的な目的』に対して手段、準備を行なっていきたい。


もう一度言う

手段が目的であってはならない。