嗜好 | Midnight at the oasis.

嗜好

それは小学生高学年の頃だったと思う。

学習塾の社会の先生、大学生のアルバイト講師だったが太っていた。

ただ、顔つきに品があり、目がくりっとしていたように思う。


それがきっかけなのかもしれない。


先日、バーに飲みに行った。

薄暗い店内で、マスターと話をした。

「ミントジュレップ」はアメリカの競馬場で飲むカクテルだとか、いろいろと酒の逸話を。


ペルノーを飲み干したとき、客が入ってくる。


思わず、はっと見た。

その男はゆうに100kg超えと思われる超肥満体だった。ワイシャツの襟に二重顎が載っており、腹のボタンがはちきれそうに見える。

男は「アーリータイムズ」をロックで頼んだ。


その男はマスターに話しかけ、景気はどうだとか世間話をしている。


俺は頭がぼんやりしてきた。

どこかで会ったことがある人に似ているような気がした。

この男は目がくりっとしている。色白で髪の色が栗色で色素全体が薄い感じだ。

ただ、白目が黄色くなっている。

恐らく肝臓にきているか、糖尿病とか勝手な連想した。


男が俺に話しかけてきた。


「お姉さんは、どこ出身の人?」


俺は答えた。


「東北です。」


なんとなく、そのまま男の話を聞くことになった。


「僕は海が好きなんです。皮膚が弱くて泳げないんですが。...将来的には海の見える気候のいい街、例えば静岡とかに住みたいと思ってるんですよ」


「どういうわけか、時々無性に、海が見たくなるの。この街は海が無いから、私は電車の車窓から眺めるだけだけれど」


マスターに勘定を頼むと、男が誘ってきた。


「これから僕の知っている店で一緒に食事をしませんか?」


疲れているので今日は帰ると伝えたが、私が店を出ると男が追ってきた。


背中を押されて、そのままタクシーに乗った。



食事中、男は話した。俺の話はほとんど聞かない。すぐに自分の話題にすりかえてしまう。

俺自身のこともほとんど聞かない。


ただ、男自身のことを話し続ける。生い立ち。仕事。男が太っているという点には触れないのだが。


実際、俺はその日疲れていた。徹夜明けだった。

疲れていたせいか、神経がなだめられるというか、いらだった想いが静められたような気分になった。


「良かったら、日曜に一緒に海を見に行きませんか?」


俺は行きずりの男と日をまたいで会ったことは一度もなかったので、驚く。



後日、俺は男の車で海に行った。

カップルのデートみたいだ。海際に立地している水族館で亀だのアザラシだのを見た。


男はまるでとなりのトトロのキャラクターの大トトロみたいだ。

セカンドバックを横っ腹の上に引っ掛けている姿はほのぼのとして、可愛らしく見えた。


俺の肩に腕を男がまわしてくる。俺はゾクゾクした。独特の感覚。

帰りの車の中で、俺は内心震えていた。


男は例のごとく自分のことばかり話し続けている。

俺は相槌を打つのみ。


帰りに男が俺を家まで送っていきたいと申し出たが、俺は断った。


だが、男の反発に合った。


「僕が家に帰っても、テレビかビデオを観てから、夜中になってから寝るだけ。

だから送っていきます。どうして嫌がるんです?」


「電車で帰った方が早いから、というのか?」


「車を止めて」


駐車場で俺と男は向き合った。


訝しげに男は俺を見る。


黙って俺は男の肩をさすった。そして男の首に腕をまわして、目を覗き込んだ。



この歳になって気付いた。

女というのは、本当は遊びが好きなわけではない。

飽きるからだ。

目というものは、その人を現している。


俺は濁った瞳の男は愛せない。

ただ、俺はこの男と何故出会ったかわかる。



俺の目が濁っていることに気付くためだったかもしれない。