桜
先週、バーへ行った。
先月までは確かチーズケーキで有名な喫茶店だったはずなのに、
バーになっていたので、入ってみる。
モロッコのような赤いビードロの椅子が並んでおり、印象的なインテリアな店。
客はたった一人。
眼鏡をかけた年配の日本人男性が一人で飲んでいた。
その酔った男性が私に話しかけてきた。
フランス映画の話と、カクテルの頼み方の講釈。
呂律が回っていない。
カクテルは、ジン・ラム・テキーラ・ウォッカなどのベースを指定して、
バーテンダーにお勧めを聞くのだそうだ。
英語で話し出したり、日本語で話し出したり、
とりとめがない。
男に聞かれた。
あんたの仕事は?
適当に答える。
男はホテルのバーが好きだと言った。
この雰囲気を持つ店は札幌に少ないと、繰り返し言う。
「季節外れの桜」という桜色のカクテルが運ばれてくる。
男は、あんたとは二度と会えないだろうと言った。
だから、ご馳走すると。
そこへ、客が入ってきた。
男の友人と称する中年男性。
しばらく、二人で再会を喜びあい、ゴルフの話で盛り上がりだした。
私はゴルフが嫌いだ。
必ず陰口が伴うスポーツだからだ。
スポーツではなく、仕事ではないかと思えてしまう。
男は、酔いすぎたから帰るといって、店を後にした。
その後、男の友人は、バーテンとかの年配男性の悪口を話し出す。
友人と思っているのは、あの男だけらしい。
自分も他に客が来ないので手持ちぶたさになり、店を出た。
先般の男が路地に座り込んでいる。
酔って立てない、そして私に詫び始める。
“ごめんなさい。ごめんなさい。飲みすぎました。
この店、流行っていないし、助けたかったんだ”
この男が私を待っていたのだと気付いた。
危ないので肩を貸し、タクシーを拾うために通りに出た。
私は男の目を覗き込んで、そこに感情のようなものを見た。
二人して車に乗り込んだ。
ホテルの部屋につくと、男は寝てしまった。
こんなことは初めてだった。
華奢な年配の男性が子供のように見える。
そのまま、何もせずに私は部屋を出た。
街路樹である桜はすでに葉に変わり、時計台通りの鐘がかすかに聴こえた。
