「兄弟は兄弟を死に渡し、父は子を死に渡し、子どもたちは両親に立ち逆らって、彼らを死なせます。
 また、わたしの名のために、あなたがたはすべての人々に憎まれます。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われます。」(マタイ10:21-22)

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 イエスは公生涯中に様々なところで伝道をしたが、次第に群衆がいらだちはじめ、あるときには石を投げられまたあるときには崖から突き落とされかけた。
 その理由は単純で、この群衆がイエスにある者ではないからである。
 イエスにある者とそうでない者とは、これほどまでにわかり合えない。だから「子どもたちは両親に立ち逆ら」うのである。
 逆に言うと、十字架に死にイエスによって新しく生まれた人は、もはや他の人とはわかり合えない位に割り切る必要があり、じっさい人々に憎まれる。だが、私を憎むやつは、実は私に映し出されるイエスを憎んでいる。
 このイエスによる御父との和解による日々の歩みは、私が歩んでいるというよりは、内住の聖霊に動かされている日々であり、様々な人との間で忍耐することまた愛することも、私から出ていることではなく御父から出ることなのである。

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健やかな一日をお祈りします!

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