それまでお腹の痛みが数日間続いていたが、3月31日日曜日、下腹部に激しい痛みを感じ心配になって婦人科に行った。生理もしばらく来ていなかった。
婦人科に到着し診察をしてもらうと妊娠の陽性反応があった。初めて妊娠をしていることが分かった。
最初は戸惑いもあったけどそれまで何度も子供が欲しい、子供が欲しいと言っていた私にとっては何よりも嬉しかった。
しかし仕事を始めたばかりでもあり不安も沢山あった。それでもお腹の子の為にと仕事を辞め、家で安静にしながら婦人科に通うことを決めたのだった。
しかしそこの婦人科で嫌な事があり今度は産婦人科に通う事にした。そこは大きな病院で産婦人科の他にも色んな分野の病気を診てもらえる所だった。最初は良いところだと思い何度か受診をしていたが、3回目に受診した時「お腹の子が育っていない、胎動も確認できずこのままだとすぐに手術をした方が良いだろう」と言われた。そして手術をする事を前提にどんどんと話が進んでいった。しかもその先生の言い方も悪く、深くショックと不快感を感じた私はまた別の産婦人科に通い診てもらう事に決めた。そして今度は小さな産婦人科だが女産婦さんがいると言う所を見つけ、そこに通うことを決めた。しかし1回目受診した時にも胎動は確認できず、もう一度受診をして欲しいと言われ2回目受診に行くとやはりお腹の子がきちんと育っておらず手術が必要だと言われた。
その時主人も一緒についていてくれていたが、一言も発せず私はただ下を向いて俯いたまま話を聞くことしかできなかった。段々と思いがこみ上げて来て涙が出て来た。そして涙が止まらず泣き続けていると主人が隣で私の頭を撫でてくれた。大丈夫、大丈夫と声をかけ続けてくれた。
しかしどうしても諦めきれなかった私は、以前眼の病気のことでかかっていた大きな病院に産婦人科がある事を知り、そこできちんと診てもらい判断してもらう事を決意した。
結果は同じでお腹の子はやはりきちんと育てていないとのことだった。しかしそこの先生はすぐに手術を進めることはせず、自然に出血を待つかすぐに手術をするのか二択から選ばせてくれた。そして私は自然に出血するのを待つ事を先生に伝え、しばらく様子を見る事になった。その時ちょうど次の日からゴールデンウィークを挟んでしまうので手術は連休明けの11日目になってしまうと言われたが後悔など無かった。手術で掻き出され傷が付くよりはよっぽど良いと思ったから…。それで手術の後は1日様子を見たいとの事で一泊入院して欲しいと言われた。私はそれを了承した。それまでに自然に出てくれたら良いなと願ってもいた。
けれど何日経っても自然に袋が出てくる様子もなくただ出血がダラダラと続く日々。お腹も痛いしつわりもひどい。そんな日々を送りやがて手術の日を迎えた。そしてその日もう一度内診で診てもらったがやはり赤ちゃんの袋がまだ中に残ったままで取り出す必要があると言われた。そしてその日は手術のために一泊する事になった。
主人に朝車で送ってもらい病院まで送ってもらい、病室についてからもしばらくずっとそばにいてくれていた。そして看護婦さんが来て手術の前に子宮を広げる処置をするのでそれが大体午前中になるだろうと告げられた。そして午前9時50分頃看護婦さんが来て処置をする為に着替えを手伝ってくれた。そして着替えが終わり主人に別れを告げ子宮を広げる処置が始まった。けれどそれはとても痛く、子宮の中を尖ったもので刺されるような感覚に見舞われた。ズキズキと子宮が痛み、激痛が走った。頭が真っ白になりそうになりながら処置は続き、中々中に入る棒が見つからないらしくすごく時間がかかった。その間ずっと激痛に耐えていた。痛過ぎて耐えられなくなってしまい顔を左手で覆うようにウーウー唸っていると看護婦さんが手首をポンポンと優しく叩きながら大丈夫ですよと声をかけ続けてくれていた。そのほかにも何か声をかけられていた気がするがよく覚えていない。そして処置が終わり部屋に戻る時少しフラッとした。部屋を出て病室に戻り横になるとまだ痛みが続いた。痛がっていると主人が背中をさすってくれて少しだけ痛みは落ち着いた。看護婦さんを呼んで痛い事を伝えたが、手術前だからどうにもする事が出来ないと言われてしまいただただ痛みに耐えるしか無かった。そして午後3時、やっと看護婦さんが迎えに来て手術を始めるから準備をして来てくださいと言われた。
そして点滴を告げられその台を押しながら看護婦さんに案内されるままにオペ室へと向かった。そして中に入ると手術前に色々と聞かれた。それらが諸々終わるとやっと扉の中に案内され台の上に横にならされた。そして麻酔をかけられやがて眠りについた。目がさめると全てが終わっていて周りの人達が私に付けられていたりした道具などを片付けている所だった。そして目を開けると声をかけられ、執刀医の先生に問題なく無事に終わりましたか?と聞くとはい、大丈夫ですよ。全て無事に終わりましたよと優しい声で言われた。そして安心してお礼を言うと周りにいた人たちが5人くらいで台を動かして私を病室まで運んでくれた。そして病室の前に主人が待っていて病室の中に入るとシーツごと私を動かしベッドの上に乗せられた。まだ麻酔が効いていて自分では動く事が出来なかったので体を動かしてもらい下のシーツを外してもらった。そして仰向けの状態になると毛布をかけてくれて主人が右隣に座ってぎゅっと私の右手を掴みながら、よく頑張ったねと声をかけてくれた。そして私は主人に問題なく無事に終わったらしいとやっと振り絞ったか細い声で告げると、主人はホッとした表情で微笑んだ。そして娘が心配してくれていたらしくLineを送り終わるとまた私の右手をそっと掴みずっと私の話を聞いてくれていた。
急にトイレに行きたくなってしまい主人に頼みナースコールを押してもらい看護婦さんを呼ぶとトイレに行きたい事を伝えてくれて看護婦さんに車椅子で連れて行ってもらった。手術後麻酔が切れるまで2時間以上かかるとの事で麻酔が切れるまではしばらく1人で立ち上がる事すら出来なかった。
本来私が行った手術は全身麻酔はしないようだが、私の時は中々麻酔が効かなかったらしく全身麻酔になった。なので効力は相当なものでやっと麻酔が切れたのはもう夜の7時を超えていた。夜中もトイレに行こうと立ち上がった時体がフラッと前に倒れ込んでしまい、心配して様子を見に来てくれた看護婦さんがすぐに気付いてくれて助けてくれた。そしてトイレに連れてってもらった。自分で歩くことすら出来なくなってしまったのかと自分が不甲斐なくなりなんだか少し悲しくなった。
手術後麻酔が切れてから急に激痛が下腹部に訪れ、主人にナースコールを押してもらい看護婦さんを呼んで前につけてくれていたのよりも効き目の強い痛み止めを投与してもらった。のだが、その痛み止めはとても強いものらしく、夜になってものすごい吐き気に襲われた。すぐに看護婦さんを呼ぶとムカつき留めを投与してくれてしばらく様子を見る事にした。そしてその日は結局夜ご飯は何も口にすることはできなかった。唐牛で口にできたのはおかゆを削る程度の3口分のみで、主人が買ってきてくれたソルティライチは唯一口に出来たので、それを飲みながらお腹を膨らましていた。お腹の痛みと吐き気と戦いながらそれらが収まるのをじっと待った。
そして長い1日が終わり、次の日の朝を迎えたのだった…