先日、私の師匠のヒナココ先生が「魔性の女」というキーワードをつぶやいていた。
それからというものどういう訳なのか、「魔性の女」というキーワードが頭の中でリフレインしている。


「魔性の女」について考えてみた。確かに若かりし時分には、そういう女性が身近にいっぱいいたよーな気がする。綺麗でそれなりに人目を引きつけるようなルックスでありながら、妙に人なっつっこい。警戒心が少ない。距離が近い。俺のことを好きなのかな?と勘違いをさせるような振る舞い。そうして艶やか。そういう女性は、「魔性の女」か「天真爛漫」かどちらかだろうなと思っていた。


不肖一郎丸も一度づつ、「大失恋」して、「魔性の女」に引っかかって、ということがある。「大失恋」についてのお話は、また別の機会にするとして、
今回は、「魔性の女」について回想してみることとする。


ううううっ!
やっぱり、ブログでは、かけないかも!


あれこれと考えているうちに、
師匠のお言葉から、発展して「いい女」にたどり着いた。


よく「いい女」という言葉を耳にする。自分でもよく使う言葉だと思う。「いい女」って言うけれど、定義のあいまいないい加減なことばだな!ぢゃあ「いい女」ってどういう女ですか?何年も前になるが、すごく自分なりに考えてみたことがある。


キレイな人?ポジティブな人?可愛いい人?明るい人?面白い人?気が効く人?優しい人?頭がいい人?ハデな人?地味な人?おしとやかな人?セックスがうまい人?


私が、若かったころは、PUB全盛期でみんなPUBに行って歌って踊って遊んでいた。ナンパをするときは、先ずは「イケイケ系」の子にみんなアプローチするわけだが、本命は「イケイケ」の陰に隠れている、「清純派」の女の子だった。そして誰もが「清純派」の女の子を「いい女」だと思っていた。信仰にちかいくらい。


「清純派」=「いい女」=「家庭的」そして、「優しい」、「処女」!時代が時代なだけに男性の多くが、バージンにこだわっていた。バージン論を展開して何時間も話をする奴もいたくらいだった。


私は、「清純派」志向にはいささか、懐疑的であった。「清純派」が「魔性の女」に化けるのだと考えていた。「イケイケ」擁護派であったのだ。


一般的には、容姿、性格、美肌、心遣いがいいとか素晴らしい女性をそう言うのだろうと思う。


しかし、わたくしなりに思いを言語化した「いい女」は美人なわけでも、優しいわけでもなかった。
先に挙げたどのキーワードを当てはめてみてもピッタリとは来なかった。


つづく…。