とある住宅地の一軒家
表札は2つあり、その家には私と旦那
そして旦那の両親夫婦が住んでいる
いわゆる二世帯住宅と言うやつだ
私は去年今の旦那と結婚し、それに伴い旦那の実家をリフォームした
とは言え中で完全に独立した形ではなく、正確には融合二世帯住宅と呼ぶらしい
それなので食事の準備は主に、ちゃんとしたキッチンが設置されている旦那の両親の方で行っている
朝、私は眠い目をこすりながらいつものように台所へ朝食の準備へと向かった
するとそこには、すでにあの人の姿があった
嫁(栄子)「あ、おはようございますお義母さま。早いんですね」
姑「あら栄子さん、そうゆうあなたは随分とゆっくりなんだね。いいご身分だこと」
今は朝の4時である…
栄子「すいません…」
姑「まったく、これだから最近の若い人はなってないんだよ。嫁であるあんたが誰よりも早く起きて朝食の仕方をするのは当たり前だろ?」
栄子「すいません…」
ちなみにこの間は朝の5時に同じことを言われた
以来私は5時前に起床し、朝食の準備のため台所に立つようにした
しかし今は朝の4時…農家でもないのにこんなに早く起きてどうするつもりなのであろうか…
姑「だいたいあんたは日ごろからたるんでるんだよ。ゆとり世代だかなんだかしらないけど、この家の敷居をまたいだからにはいつまでも学生気分じゃ困るんだよ…」
この分じゃ、次は深夜の3時に起きてきそうだ
朝の情報番組の司会でもやるつもりなのだろうか…
姑「ちょっとあんた!聞いてるのかい!?」
栄子「すいません」
姑「すいません、すいませんって、獅子脅しみたいにペコペコ頭下げりゃ許されると思ってるのかい?まったくこれだから最近の若い人は…」
栄子「すいません!……あ」
姑「まったくあんたって娘は…」
義父「何を朝から騒いでるんだい」
姑「あなた」
栄子「お義父さま、おはようございます」
義父「おはよう、栄子さん」
姑「あなた、今日はずいぶん早いのね」
義父「早いもなにも、お前の大声のせいで目が覚めてしまったんだよ」
姑「あら、私が悪いって言うの?」
義父「そうは言わないが…」
姑「言ってるじゃない!」
義父「とりあえず落ち着きなさいって、どうしたんだい…」
姑「落ち着いてるわよ!この泥棒女が、家を守る女の役目ってやつをまったくわかってないのがいけないんじゃない!私は親切にそれを叩き込んでやっているだけ。それの何がいけないの?」
義父「そんな言い方しなくても、栄子さんは充分頑張ってくれているじゃないか。時計を見てみろ、まだ朝の4時だぞ?」
姑「私が若いころはもっと早くに起きてたわ。あなたはこの女に甘すぎるのよ。だから調子に乗ってつけあがってくるのよ」
義父「お前が厳しすぎるんだよ」
姑「あらそう!あなたはあくまでこの盗人の見方をすって言うのね!もういいわ!勝手にして頂戴!!」
義父「おい、おまえ…」
そう言うと、お義母さまは台所を出て行ってしまった
台所に残ったのは私とお義父さんのふたりきり…
喧嘩の原因を作ってしまっただけに少し気まずい…
義父「まったく、あいつときたら…」
栄子「すいません、私のせいで…」
義父「いやいや、こちらこそすまないな。家内の奴、最近特にカリカリしているようで」
栄子「いえ、いいんです。全部私が悪いのには違いませんから…」
義父「…あまり思いつめるんじゃないよ?」
栄子「…」
義父「さてと、せっかく早起きしたことだし、朝食前に少し朝の散歩にでも出かけてくるかな」
栄子「すいません、すぐに朝ごはんの支度しますから」
義父「私の出勤までまだ時間もあることだし、ゆっくりやるといい。焦って包丁で手を切ってしまってもつまらんからな」
栄子「はい…」
義父「それじゃあ行ってくるよ」
栄子「はい、お気をつけて」
私は深々と頭を下げお義父さんの背中を見送った
これが私の日常…
お義母さまに厳しく叱られ、お義父さんがそれをいつもかばってくれる
この家で私に唯一味方をしてくれる…
そして別れ際には、いつもこうして感謝の気持ちも込めて頭を下げて見送る…
それが私の、この家に嫁いできてからの日常である…
― 時は流れてお昼
お義母さまと二人っきりの昼食
正直この時間が一番気まずい…
食卓には会話もなくテレビもない
テレビは隣のリビングにこそ置いてあるものの、食事中にそれをつけることはない
重苦しい空気の中、食器の音だけが食卓に鳴り響く
栄子「あの、どうですか?このお新香」
姑「…」
栄子「一応お義母さまの見よう見まねで作ってみたんですけど…」
姑「…」
栄子「あの…お義母さま…?」
どこかの家のツトム君並みに返事がない
昨日お庭で雨にでも濡れいたのだろうか
でも昨日は確か晴れ…
そんなくだらない事を考えていると、お義母さまは食事も半ばに箸を置き席を立った
栄子「あの…」
姑「これが私のお新香を真似したって?随分と見くびられたものだね」
栄子「…」
姑「私がいつこんなウサギの餌にもならないような野菜クズを出したって言うんだい?」
栄子「…」
姑「それとも何かい?老い先短い年寄りには食材が勿体ないからこんなゴミクズをよこしたってのかい?」
栄子「そんなつもりじゃ…」
姑「とにかくこんなもの食べれたもんじゃないよ。これすぐに全部捨てな!」
栄子「え、でも…」
姑「でももヘチマもないんだよ!まったく何をどうしたらこんなゴミクズができるんだろうね?どうしてもってんなら、あんたこれ全部一人で食べな。この昼の間にだよ?こんなものが家においてあるっって考えるだけで不愉快だよ。ただでさえ余計な者をこの家に置いてやっているっていうのに…」
栄子「…」
姑「わかったのかい?」
栄子「…はい」
私が返事をすると、お義母さまは自分の部屋へと戻って行った
残されたのは、ほとんど手の付けていない昼食と、ゴミクズ扱いされたお新香…
そして余計な者の私…
私は深くため息をつく…
栄子「どうしようこれ…。さすがにこんなに食べきれないし…」
我ながら作りすぎた…
かといって捨てるのはやはり勿体ない
とはいえ食欲もない…
近所におすそ分けしようにも、私自身にご近所付き合いもそんなにない
まぁ、これについては私の自業自得か…
第一このゴミクズを近所に回したとお義母さまに知れた、今度は何を言われるかわかったもんではない…
栄子「なんだか頭痛くなってきた…」
私は食卓を立ち、隣のリビングのソファーに座りこんだ
栄子「最近体もだるいし…風邪でもひいたかな…」
男「そうゆう時は無理せずに病院に行った方がいいよ?」
栄子「うん…。でもやっておかなきゃいけない事もたくさんあるし…」
男「あのお姑さんうるさそうだもんね~」
栄子「まぁ私が悪いんだし、しょうがないんだけど…」
男「どうして君はそこまで自分を責めるんだい?」
栄子「だって、私のせいで…」
男「…」
栄子「………」
男「………」
栄子「…!!誰あなた!?」
男「いやいや、名乗るほどのものじゃ…」
その男はさも当たり前のようにそこにいた
面識はまったくない
年齢は20代後半から30代半ばといったところだろうか
何の悪びれることもなく、屈託のない笑顔でその男はそこに立っていた
栄子「まさか泥棒!?」
男「この家の何を盗むって言うのさ」
なにか軽く失礼な事を言われたような気がする…
それにしてもこの男の妙な落ち着きっぷりは何?
栄子「泥棒じゃなかったら何?まさか強姦…!?」
男「興味ないから」
間髪入れずに否定されてしまった
なぜかありもしないプライドが少し傷ついた気がした…
それでも私は…
栄子「信用できるものですか!」
私はとりあえず近くに置いてあったテレビのリモコンで威嚇する
男「そんなもの持ってどうするのさ?電源押したって僕は消えないよ?」
栄子「うるさい!近寄らないで!」
すると騒ぎを聞きつけたお義母さまがリビングへやってきた
姑「何を騒いでいるんだい騒々しい」
栄子「お義母さま入ってきてはダメです!強盗がこの部屋に…」
姑「強盗!?どこだい!?」
栄子「私の目の前に!」
男「…」
姑「…」
栄子「お義母さま、私は大丈夫なので早く警察に電話を…!」
姑「あんた、何を言っているんだい?」
栄子「だから警察、110番を…」
姑「誰もいないじゃないか」
栄子「え?」
男「…」
姑「今度は何の嫌がらせのつもりだい?」
栄子「…」
何を言っているんだろう…
今も目の前にその男はたたずんでいる
それも丁度私とお義母さまの“間”にだ…
いくら歳をとっているとはいえ、老眼にもほどがある
栄子「え、現に今ここにいるじゃありませんか」
姑「いい加減におし!あたしはまだそこまで耄碌してないよ!人を年寄扱いするのもたいがいにしな!」
心の中を読まれた気がする…
姑「まったく、人騒がせにもほどがあるよ…。ほらいつまでもボケッとしてないで、食べたのならとっとと食器片付けな。ほんとトロイんだから」
栄子「…」
姑「それと、私はこれから社交ダンスの稽古があるから、私が帰ってくるまでにしっかりと全部の部屋の掃除と洗濯済ませておくんだよ?埃ひとつ残したら承知しないからね!」
ダンス?なんか昔読んだ童話にこんな展開があったような…
姑「わかったのかい?」
確か最後に継母は鳥に目をほじくり出されるんだっけ?
栄子「はい…わかりました…」
そう言うとお義母さまは部屋を後にし、出かけて行った
そして男は相変わらずそこに立っている
男「…」
栄子「…」
もしこれがあの童話の通りなら、この男は魔法使いでカボチャの馬車を出してくれるわけだが、生憎私は日本の公道で馬車を乗り回す度胸はない
それにあの魔法使いは、意地悪な継母達が出かけた後にやってくるものだ
そもそも童話では魔女
そしてこの人はどう見ても男だ…
男「…」
栄子「…どうゆう事?」
男「どうゆう事って?」
栄子「私にはあなたが見えて、お義母さまには見えないってゆう事?」
男「理解が早いね。普通もっとパニックになってもおかしくないんだけど」
確かに自分でも驚くほどに冷静だ
いや、冷静とゆうよりも今起きている事に頭がついて行かず、回転が止まってしまっている感じだ
栄子「どうして?」
男「どうしてって言われても…」
栄子「てゆうかあなたは誰なの?何の用?どこから入ってきたの??」
男「矢継ぎ早だね。あまりガツガツしすぎると男にモテないよ?…あ、でも一応結婚はしているのか」
栄子「ふざけないで!」
目の前が一瞬クラッとした
大声出したせいで目まいが起きたらしい
男「ほらほら体調悪いんだろ?大人しくしてないと。ソファーに座ってお茶でも飲みなよ…」
とりあえず言われた通りソファーに腰を下ろし、出されたお茶を…飲めるわけがない
どこの誰かわからないような不法侵入者が差し出したお茶など…
男「あれ?飲まないの?そこの食卓に置いてあったやつだから、変なものは入ってないはずだよ?」
栄子「…」
男「あ、まさか雑巾の搾り汁でも入れてあるとか?あのお義母さんの当たりきついもんね~。なんか些細な復讐をしたくなる気持ちもわかるよ」
正直お義母さまになにかしらの仕返しを…と考えた事はなんどもある
しかし基本小心者の私はそれを実行に移したことはないが…
そんな事よりも今は…
栄子「で、質問の答えは?」
男「そうだね。簡単に言うと僕は天使。専門は命。細かくは言えないけど君を見守りに来た」
栄子「………は?」
つづく...