マサル(記)です。
苦味を残すか。
ゴーヤを買ってきた。
豆腐とお肉とタマゴとまぜまぜ。
そう、ゴーヤチャンプルです。
というか、ゴーヤ料理ってゴーヤチャンプルくらいしか僕ぁ料理知らんのだけど。
で、切って炒める前にやることがありますね。
ゴーヤの下ごしらえ。
中のわたを抜いて、塩でもみます。
これで苦味が取れるそうなんですが、
まぁ、結局は苦いですけど。
そうそう、ゴーヤといえばこの間亡くなった叔父を思い出す。
農家だった叔父の家(というか本家)では、色々な野菜を作ってんたんだけど、ゴーヤも作ってた。
ゴーヤはね、結構採れるんですよ。
採れて採れて、採れないとすぐに熟れてしまう。
ので、採りまくらないとダメ。
で、お盆とかで親戚が集まると、ゴーヤの卵とじを出してくれるんですが、
すげえ苦い。
あんまりに苦いのでなんでだ?と思ったら、よくよく見ると中のわた、全然残ってる。
というか、輪切りでざんざん切って卵でとじただけ。
なんでわたとらないの?苦いよ!って叔父に抗議すると、
叔父 「ばぁか言うなぁ、苦瓜だから苦えんじゃねえか。苦くねえ苦瓜の何がうめえんだ」
なんて言い返された。
なるほど、苦さを味わえってことか。
その視点はなかった。