マサル(記)です。
野菜を食べるといったらサラダのイメージだ。
野菜には熱で壊れてしまう栄養を持つものも多く、そうなると生で食べるのが一番。
そんな健康的なサラダは古代ギリシャやローマの時代にはすでにあったらしい。
今みたいにドレッシングがあったわけではなく、シンプルに塩をかけて食べていたそうで、サラダの語源が「塩を加える」っていうラテン語からなんだとか。
へえ。
えっと、そもそもサラダって何さ?というところがあるからWikipediaを見てみた。
定義としては、野菜に塩、酢、油、香辛料などをかけて食べる料理、というのが基本らしい。
味付けが一体化すればドレッシングなので確かにそのとおりか。
ポイントとしては「野菜」っていうのは生ではないというところ。
故に、茹でた野菜を冷ましてから同様の食べ方をしてもサラダというわけだ。
(ホットサラダの場合はどうなのさっていう気もするけど)
しかし、だ。
別に野菜だけで構成されてるのがサラダではないわけで。
ツナとかマカロニとかが入ってもサラダ。
なんかややブレを感じるけどね。
その中でも不思議に思うのは、ポテトサラダだ。
先日、実家に行ったときにさつまいもを一本貰った。
そいつをサイコロ状にして蒸したものをミックスベジタブルにあわせて少しつぶし、マヨネーズをちょこっと加えてみた。
普通のポテトサラダと比べるとさつまいもの甘さがある。
と、だ。
これ、サラダなのだろうか。
普通のジャガイモのポテトサラダだって、それほどサラダ感がないんだよね、僕としては。
だってさ、野菜は野菜でもこいつら炭水化物だぜ?
サラダというよりもほぼ主食。
どちらかというと、サラダの部分はポテトサラダに添えたレタス部分だけな気がするんだ。
またはポテトサラダにちょこっと混ざった輪切りのキュウリ。
そういった意味では、豆のサラダだって植物性のたんぱく質だし、マカロニサラダなんてそもそもんところパスタだ。
野菜感はどこまで必要なんだろう。
そう考えてしまうとバンバンジーあたりは中華チキンサラダなんじゃないかな。
冷やし中華あたりなんかもそんな気がする。
サラダの節操のなさ。