障害と罪と平等と | マサルのブログ(記)

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基本的にはそこそこ長い文字列が必要だったり画像が必要だったり140文字程じゃぁ中々難しい話ですぜ旦那って場合ここに書こうと思ってるんだが、

マサル(記)です。


先日の視覚障害者の学生が蹴られた事件。


犯人が捕まったのだがそれが知的障害者だった、という話で。


うーん。

いたたまれない結末になりそうな気がする。

知的障害があって正常な判断が出来ないから無罪、っていう流れだ。

実際、県警も扱いに困っている様子だし。


こーいうケースって、多いんだよ。

知的障害が絡むと。


何が問題だって、犯罪を犯した知的障害者自身が罪の意識がないっていう点だ。

倫理を理解してないし、そもそも善悪すら怪しいケースもあるし。

だから、繰り返し犯罪をし続けるっていうのが以下の話。

http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/140223/waf14022307540000-n1.htm


これ、典型的な累犯障害者だよね。

車だけじゃなくって、傷害とか万引きとか多いんだとか。


でも、知的障害があるから何をやっても許すっていうのには個人的には限界があると思うんだよ。


人のものをとってはいけない、ものを壊してはいけない、人に危害を加えてはいけない。

これを理解しないまま社会に参加するのは、障害というものを持っているというだけで許容されるべきものじゃないと思うんだ。

それって、あまりにも無責任すぎるし、じゃあ倫理って何だ?社会って何だ?っていうとこだと思う。


では罪に問うのか?という点についてはなんとも言えない。

でも、個人的にはやはり罪に問うべきだ。

障害を持つものが障害を持つものに危害を与えるのを許すのは、やはり弱者を守っておらず本末転倒してる。


よく、本来刑務所ってのは更正施設であって罪を償うことを理解しない知的障害者を刑をかけても無意味、て論理を振りかざす人もいる。

ただね、それって無責任すぎるし思考停止してると思う。

というか、「こいつ意味わかってねーから無駄」って馬鹿にしてる気がする。


刑を受けるっていうのは健常者も障害者も法の下には平等にあるべきなんだと思うんだよね。


で、だ。


そーいった意味では、刑を受ける障害者を出し前に、犯罪をしないような訓練または(言い方悪いけど)管理できるような社会システムが本来必要なんだと思う。


いつまでも目をつぶるという仕組みはやめるべきだ。

個人的意見だけど。


あと、もう一つ。


障害者は聖人じゃない。


これを言うと人権がどうたらとか猛烈に抗議する人がいるけど、実際に身体にせよ知的にせよ、障害者同士でのいじめもあるんだよ。

障害を負ってるからって正しくか弱い人々だという見解はおかしい。[1]


と、僕が元々性悪論者なんで余計にそう思います。

健常者だろうが障害があろうがなかろうが関係ない。



[1] この論理だと健常者は常に卑しく悪い罪人だ。負い目を感じるのもいい加減にしろ。