量 | マサルのブログ(記)

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基本的にはそこそこ長い文字列が必要だったり画像が必要だったり140文字程じゃぁ中々難しい話ですぜ旦那って場合ここに書こうと思ってるんだが、

マサル(記)です。


量が分からない。


何のことか説明せずに書くからワケが分からないだろう。

料理の量だ。

今日の場合はずばり炒飯だ。


ここには最近書いてないことなんだけど、ルーチンワークの一つが炒飯チャレンジだ。

詳しい内容は過去のブログを掘ってくれればいんだけど(検索機能あるし)。

ざっくりいうと、別に好きでもない食べ物である炒飯を食べる、それだけ。


食事に店に入って、そのお店のメニューに炒飯があったら炒飯を食べる。

たとえ、ラーメンが食べたくてその店に入っても、炒飯があれば食べていいのは炒飯。

海鮮とか特製とか、ちょっとグレードの高いやつがあっても、食べるのは一番普通のだけ。

メニューのなかで一番シンプルなやつ。


あと、量も普通の。いわゆる単品の炒飯だけ。

半炒飯にしてラーメンを食べれば、とかそーいうのもダメ。

ただし、追加していいのは餃子だけ(これはこれで後々理由を書く)


という、しばりというか半ば呪いを科してるのだ自分に。

正直、中華系に入ると必ずこのルールが適用されるので、店を決めた時点で覚悟完了気味。

いや、美味しいんですけどね炒飯。

美味しさの期待値が予測範囲内を超えることがほとんどなくて無感動だから。



で、話を戻すと、量だ。



注文をするときに、頼んだものの量ってある程度予測してると思う。

蕎麦なら盛り一枚、うどんなら一玉、つけ麺ならグラム、ラーメンもどんぶりとかでなんとなく。

想定量がちょっと少ないかな?と思えば別の料理を追加する。


大体ね、炒飯ってちょっと少ないことが多いんだ。


僕の中での炒飯って、中華で使うお玉に収まるサイズ。

多分、みんな想像してるあのサイズだ。

お皿の真ん中にお玉に納めた炒飯を盛ってある、というイメージのアレ。

(先の餃子は足りないだろうという算段の結果による追加)


しかし、メニューの写真だけでそれが判断できない、そういうケースもある。

今日のところがまさにそれ。


盛られた炒飯と比較すべき、皿のサイズが分からないのだ。

今日行ったところの場合、メニューの写真は中央にこんもり、じゃなくてぱらっと盛ってあるような写真。

うーん、まぁ大丈夫かな。

皿はそれほど大きく見えなかったんだけど、



きっちり失敗した。見誤った。



お玉で軽く二杯分はあった。想定の2倍ありますよ。

2合くらいあるじゃん。


あ、ダメ。全部食べれない。追加で餃子も頼んじゃったし。

案の定、食べきれず。


一応ね、チャレンジ的には完食すべきなんだけどね。

1/4くらい残しちゃった。残念至極。

店員さん(多分中国人留学生のバイトさん)にごめん残しちゃったおなか一杯だよと苦笑いしてお会計。


確か、中華的にはおなか一杯で少し残すってのはいいことなんだけど、でもやっぱり罪悪感あるよ。

勿体無い精神のある日本人だもの。