少々古いコラムだが、
ジャーナリストの上杉隆氏が、
かつてG・ノーマン選手が尾崎将司選手に
ライの改善を指摘したことについて書いている。
http://diamond.jp/articles/-/3456
どうやら上杉氏はノーマンファンのようで、
よっぽどノーマンがジャンボ尾崎に負けたのが悔しかったのか、
ちょっとヒステリックな主張に仕上がっている。
ネット上の論調もこのコラムに引っ張られているようだ。
そこで、今回は、遠い、遠い記憶を振り絞って
あえて冷静な目でこの”事件”を振り返ってみることにする。
この”事件”がおきたのは、今から13年前、
1997年の中日クラウンズ最終日。
首位スタートの尾崎とそれを1打差で追うノーマン。
2番ロングホールのティーショットをラフに入れた尾崎は、
ドライバーを持ったままボールの元へ。
そして、ドライバーでいったん構え、すぐに他のクラブに変えてショットした。
ノーマンは、この行為をライの改善と主張し競技委員を呼んだのだ。
しかし、競技委員の判断は「問題なし」となり、
ノーマンは、「ルールは誰にでも公平であるべきだ」という言葉を残して
日本を去ったという。
この当時、私がテレビ観戦していた限り、
尾崎は、距離がたっぷり残ったロングホールのセカンドショットを
ドライバーで打つことがあった。
したがって、この行為は、
ドライバーで打てるか構えてみたものの、
打てそうにないので他のクラブに替えたとも取れる。
ちょくちょくこのようなシーンは、テレビに映し出されていたが、
ラフに入れたミスショットをした後で、
いったん間を取っているようにも見えていた。
それに、たくさんのギャラリーやカメラがいる前で、
ボールの後ろをトントン叩くとか、スリスリして平たくするとか、
13年前といえども、さすがにそれは無理な話である。
また、長さや湿り具合などにもよるが、
濡れていない短めのラフの芝は意外に強いので、
クラブを置いたくらいでは寝ないことも少なくない。
本当に打ちやすくしたければ、
ボールの後ろを足で踏んづけるか、
ヘッドをグリグリ押し付けるか、
素振りして芝をカットするぐらいの勢いが必要である。
尾崎の行為は確かに疑わしいが、
意識的にライを改善したのかどうかは
尾崎本人のみが知っていることだし、
ライの改善かどうかの判断は、競技委員が行うものである。
少なくとも、競技委員がこの試合のルールブックである。
にもかかわらず、上杉氏は、
ノーマンの残した言葉のみを鵜呑みにして議論を展開している。
非常にヒステリックで非論理的である。
本来であれば、ここまでの議論を展開するのなら
この判断を下した競技委員などの証言はあってしかるべきだろう。
また、この”事件”をメディアは触れていないと言っているが、
この試合の放送中に、ノーマンのアピールについて解説が行われていた。
さらに、「石川遼を尾崎に近づけるべきではない」
という表現もあるが笑止千万である。
高い技術を持つ選手に教えを請うことは、
若手選手にとってはこれほど貴重なことはあるまい。
それに10年以上前の話を、わざわざ書く必要があるのか?とも思う。
今のゴルフ界に関することで、書きべきことはいくらでもあるだろう。
このブログ記事を読んでくれた方は、
ぜひ、読み比べて冷静な判断を下して頂ければと思う。
なお、尾崎選手の世界殿堂入りが達成されないことを
氏は引き合いに出しているが、
これはほとんど世界的に実績のない
尾崎選手の知名度がないだけの話である。
ジャーナリストの上杉隆氏が、
かつてG・ノーマン選手が尾崎将司選手に
ライの改善を指摘したことについて書いている。
http://diamond.jp/articles/-/3456
どうやら上杉氏はノーマンファンのようで、
よっぽどノーマンがジャンボ尾崎に負けたのが悔しかったのか、
ちょっとヒステリックな主張に仕上がっている。
ネット上の論調もこのコラムに引っ張られているようだ。
そこで、今回は、遠い、遠い記憶を振り絞って
あえて冷静な目でこの”事件”を振り返ってみることにする。
この”事件”がおきたのは、今から13年前、
1997年の中日クラウンズ最終日。
首位スタートの尾崎とそれを1打差で追うノーマン。
2番ロングホールのティーショットをラフに入れた尾崎は、
ドライバーを持ったままボールの元へ。
そして、ドライバーでいったん構え、すぐに他のクラブに変えてショットした。
ノーマンは、この行為をライの改善と主張し競技委員を呼んだのだ。
しかし、競技委員の判断は「問題なし」となり、
ノーマンは、「ルールは誰にでも公平であるべきだ」という言葉を残して
日本を去ったという。
この当時、私がテレビ観戦していた限り、
尾崎は、距離がたっぷり残ったロングホールのセカンドショットを
ドライバーで打つことがあった。
したがって、この行為は、
ドライバーで打てるか構えてみたものの、
打てそうにないので他のクラブに替えたとも取れる。
ちょくちょくこのようなシーンは、テレビに映し出されていたが、
ラフに入れたミスショットをした後で、
いったん間を取っているようにも見えていた。
それに、たくさんのギャラリーやカメラがいる前で、
ボールの後ろをトントン叩くとか、スリスリして平たくするとか、
13年前といえども、さすがにそれは無理な話である。
また、長さや湿り具合などにもよるが、
濡れていない短めのラフの芝は意外に強いので、
クラブを置いたくらいでは寝ないことも少なくない。
本当に打ちやすくしたければ、
ボールの後ろを足で踏んづけるか、
ヘッドをグリグリ押し付けるか、
素振りして芝をカットするぐらいの勢いが必要である。
尾崎の行為は確かに疑わしいが、
意識的にライを改善したのかどうかは
尾崎本人のみが知っていることだし、
ライの改善かどうかの判断は、競技委員が行うものである。
少なくとも、競技委員がこの試合のルールブックである。
にもかかわらず、上杉氏は、
ノーマンの残した言葉のみを鵜呑みにして議論を展開している。
非常にヒステリックで非論理的である。
本来であれば、ここまでの議論を展開するのなら
この判断を下した競技委員などの証言はあってしかるべきだろう。
また、この”事件”をメディアは触れていないと言っているが、
この試合の放送中に、ノーマンのアピールについて解説が行われていた。
さらに、「石川遼を尾崎に近づけるべきではない」
という表現もあるが笑止千万である。
高い技術を持つ選手に教えを請うことは、
若手選手にとってはこれほど貴重なことはあるまい。
それに10年以上前の話を、わざわざ書く必要があるのか?とも思う。
今のゴルフ界に関することで、書きべきことはいくらでもあるだろう。
このブログ記事を読んでくれた方は、
ぜひ、読み比べて冷静な判断を下して頂ければと思う。
なお、尾崎選手の世界殿堂入りが達成されないことを
氏は引き合いに出しているが、
これはほとんど世界的に実績のない
尾崎選手の知名度がないだけの話である。