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寛解生活(急性骨髄性白血病闘病記)

原題:「入院生活」
2011年7月、急性骨髄性白血病で入院。寛解導入療法、3回の地固め療法を受け、2012年2月に退院。2012年4月に職場復帰。通院にて維持療法継続中。
治療や入院生活、退院後の生活のことなどを書いています。
Twitter: @RickPennyroyal

告知の翌日から早速治療に入り、薬の投与や抗がん剤の注入が始まりました。初日の夕方までは、主観的には体に変化はなく、面会した人とも和やかに話していた覚えがあります。

ところが、その夜、容態が急変、息ができなくなり、先生が来て色々聞かれて、呼吸器が装着され、、、、その後はよく覚えていません。次の日には、意識はあったと思いますが、すごい勢いで呼吸器から出てくる空気を吸って吐いてと一生懸命に息をしていたことくらいしか覚えていません。その日のうちに内科病棟から集中治療室(ICU)に移されました。

後に、担当の先生と私の家族がその時を振り返って話してるときに、あの時は危なかったというようなことをいっていて、そのときになって命の危険に晒されていたことを思い知らされました。

しかし、危険な状態にあった間、私本人は死ぬなどということは全く思いませんでした。そういうときは、死なないものなのか、それでも不意に死ぬことがあるのか、分かりません。

ただ、結果として、助かりました。
入院してすぐの頃に痛かったのは、この二つ。

検査のための骨髄穿刺(針を骨に突き刺して骨髄を採取する)は、うつ伏せになって腰のところにされました。痛さということでは、麻酔の注射が痛く、骨髄穿刺自体は麻酔が効いていて痛くなかったのですが、グイッという衝撃は何やらすごいことされていることを感じました。他の患者さんのブログによれば、器具などもおどろおどろしいものらしく、見えない場所でやってくれたのが不幸中の幸いでした。

カテーテル(CV)挿入(首や肩から太い血管に点滴用の管を入れる)は、血管の太さや通り方のせいか、なかなかうまくいかず、一時間くらいかかりました。普通はそんなにかからないそうですが。

白血病は、病気自体は痛くないのですが、治療に伴って色々痛いことがあります。病院は痛いのをがまんするところではないと割り切って、痛そうな顔で痛い痛いと言いながら、一つ一つこなしています。


昨日の朝のニュースで、タイの刑務所で手製ロケット砲やラジコン・ヘリコプターを使った外部からの差し入れが発覚したというのをやっていました。一番人気の差入品は、スマートフォンだったそうです。

急に入院することになった後、持ってて良かったと思ったのは、スマートフォンです。貧血のためにあまり続けて見てられませんでしたが、携帯は唯一の外界とのつながりなので、その機能が豊富だったのは有難かったです。あれってどうだったっけ?ということが、過去のメールを見れば分かることも多く、本当に助かりました。病気についてインターネットで調べたり、ラジオやポッドキャストが聞けたのもよかったです。

そういう訳で、そのニュースの人気の差入品のところは、なんか分かるなあと思ってしまいました。