
我慢と我慢

我慢しなさい、と言われます。
自分では言った記憶がないのが、まさに我慢だったとは思いもよりませんでした。
維摩会 春秋館での仏教御講義で、
我慢ということを教えていただきました。
本来は仏教用語だそうです。
その言葉通りで、我の慢、つまり自分についての慢心という意味です。
仏教では「心身を苦しめ、わずらわす」はたらきが心にあるといいます。
そして、このはたらきを煩悩(ボンノウ)と呼んでいます。
中村元先生の『佛教語大辞典』の説明では、「悪い心のはたらき」とありました。
その煩悩の大きな四つを四根本煩悩といい~貪瞋痴慢(トンジンチマン)~
そのなかに慢が出てきます。
慢とは、
自分が「他人よりもすぐれていると妄想して、
他人に対して誇りたがる心のおごり」とありました。
その慢は七つに分類され、そのうちのひとつ、
自分に執着して、うぬぼれや思い上がりになる心が我慢と言われていたのです。
なぜ正反対の意味に使われるようになったのでしょうか。
『佛教語源散策』には、
「我が強い」→「負けぬ気の強い」→「ガンバリがきく」→「辛抱する」
となったのだろう、とありました。
手元の国語辞典でみてみたところ、
古い辞典には、最初に仏教的な意味が掲げられてあり、
①が高慢 ②が我執や強情、と続き、
忍耐の意味の我慢は三番目になっていたのはちょっと意外でした。
いずれの意味でも、心身にはあまりよくなさそうです。
我慢はほどほどになったらいいなぁ、と思いました。