振り返ってみれば、新しい時期に入る時上手くいかないことばかりだ。
これは私が本当に不器用だということなのだろう。
夢に中1の時のことが出てきた。
思い出したくないことを思い出してしまった。
それでも、一応戒めとしても記録しておこう。
何故なら、この時の後悔が今の私に繋がっているのだから。
私の中学は二つ上が相当荒れていた。
ある人などは、少年院に行った。
私の世代からから変わった、あるいは一つ上の世代がその基礎を作ったとか言われる。
まあとにかく、1年生のときのクラスも荒れていた。
授業中に暴言が飛び交い、徘徊するのは当たり前、ある時など、先生が入れないよう締め出したりしていた。
私は前期そのクラスの学級委員だった。
私なりに必死だった。
注意もしたし、ぶつかったこともある。
本気で人から嫌われた。
その一方で、結局子どもだし、甘いところがあった。
マナーを自立的に守れないところも多く、また途中からは荒れた側に妥協もした。
そこが、その時の自分が未だにどうしても認められない。
あの時の自分ほどかっこ悪いやつはいないと思う。
けれども、あそこで勇気を出して、自分から「お前たちは間違っている」と言えていなかったら今の私はいない。
中途半端だったとしても、小さくまとまっているよりはるかに立派だった、という見方も、ないことはない。
だが、そのことがあるので、何があっても現状には満足しきってしまうことはできない。
より高いあるいは深いモラルを追求しなければと常に思う。
何が言いたいかというと。
失敗するのは仕方がない。人間だし。
だけど、その失敗から学ばないのは愚かだ。
そして、失敗から学ぼうとする姿勢そのものが私のアイデンティティだ。
それを失ったら、私は生きていけないと思う。
そういう意味で私は内省的な人間だ。