ジャーナリングや瞑想など、自己内省の大切さは
謳われるようにはなったとはいえ、
自分の中だけで処理するのにも限界が来る時があります。
「誰かにただ話したい」という気持ちもあるけれど
「この感覚が空気に触れても壊れない場所がほしい」
というのが正確かもしれません。
大げさなことじゃなくていい。
でも 「あるよね」って言える場所が一個あるだけで、
人は思ったより簡単に循環し始めるんですよね。
「安心な場づくり」は単純な方法論でもありません。
・無理に喋らなくていい余白を残す
・感情がまとまっていなくてもただ待つ
・沈黙を「正解待ち」扱いしない
この3つがあるだけでも安心感が持てる。
場づくりって、何を引き出そうとするかよりも、
黙ってても追い出されへん空気をどう置くかのほうが、
感覚派の人にとっては大事なのではと思います。
