連戦続きから、やっと休みが取れました。
朝からお墓の掃除と、別宅(ただの空家)の草むしり。
2t車に満載した草を資材置き場で処分。
作業着は汗でずぶ濡れ、やっとシャワーを浴びて一段落。
午後からは、家族の買い物に付き合います。
あっちこっちに連れ回されそうですが、普段バレーで家を空けることが多いので
今日は、恩返し。
現在、48才。12月で49才になるわけですが
最近、よく父の事を思い出すようになりました。
父が52才の時、脳梗塞で一時は半身不随に言語障害。
はっきり申しまして、寝たきり状態でした。
ちょうど姉2人を嫁がせ、僕が大学2年の時です。
当時、周囲の方々が『まだ若いのに気の毒だ』と言われ
自分的には、まだ若いの意味がピンときませんでした。
父が何才であろうが、父は父であって若い対象には入ってません。
自分の現在から3年後!と、考えると恐ろしささを感じます。
Let’s V.B.C.の3年生が6年生になった時、僕は52才。
嫌だ、何が何でも避けたい事です。
今になって父の無念さが痛いほどわかります。
しかし、こればかりは3年後ではなく明日の事実かもしれません。
これからの日々、後悔しないよう自分の信じる道を歩んで生きたい。
そして、2年間入退院を繰り返しながらも、絶対に希望を捨てず
懸命にリハビリに励み、右利きを左利きにまで変え
小学生向きの絵本を繰り返し音読し
小さな豆粒を必死に摘んでた父の姿。
誰も復帰を信じなかったが、本人が自分の力で元の生活に戻る一心が
僕を一人前の水道屋に育て上げてくれ、そして家族を守ってくれたのだと思う。
71才で他界するまで、自ら車を運転し母と旅行に行き、孫と遊び
好きな花いじりをして、相撲と野球を見ながら笑ってる。
凄い親父だったなぁ。
他界して10年、父が亡くなった年のクリスマス。
サンタさんに『おじいちゃんが生き返る薬』をお願いしてた次女も高校3年。
僕も、そんな男になれるだろうか?