ブログの題名「Let's V.B.C栄光の架橋へと・・・・」の説明をしましょう。

ゆずの「栄光の架橋」知ってますか?
私はいつも「栄光の架橋」をB.G.Mにこのブログを書いています。
なぜ「栄光の架橋」なのかは、理由があります。

2005年の中日旗県大会決勝、垂井VS養老ジュニア
優勝 養老ジュニア  準優勝 垂井
この一年を締めくくる大会で、養老ジュニアはパーフェクトチャンピオンチームになりました。
総ての大会で優勝した最強チーム。

当日の試合が総て終り、なにもかも片付き日が暮れ、弱い西日だけが照らすコートの上で
養老ジュニアの指導者、選手、家族、応援団の総ての人が輪になり「栄光の架橋」をラジカセで流し
みんなで合唱してた。みんなの目には涙が。

敗れた私は、観客席でその姿をセッターの娘と無言で見ていました。
娘の目には涙が。私の目にも涙。
悔し涙ではありません。
今まで娘と全国を目指して頑張ってきた事、逃げ出したかっただろう厳しい練習に耐えてきた選手達の事。
そして、この可愛い教え子達ともうバレーボールが出来ない寂しさ。
色んなことが急にこみ上げてきて・・・・・・泣きました。
その時の娘の涙の真意はわかりません。
でも、親だからこそわかることがあります。
娘の涙は、この「栄光の架橋」そのものだったと思います。

今でも、娘は「栄光の架橋」を聞くと涙を流します。
私は未だに「栄光の架橋」をカラオケで歌いません。
泣けて泣けて、全然歌えないんです。

この歌を聞いて泣ける人、涙する人は幸せなのかもしれません。
その人は、この歌の意味がわかる人でしょう。
何かに夢中で、一生懸命突き進んだ人でしょう。
でも、それは「思い出せばこうして沢山の支えの中で歩いてきた」の通り、自分だけじゃないみんなのおかげだともわかった人でしょう。

私は、Let's V.B.Cの選手達に「栄光の架橋」を聞いて泣ける選手に、涙する選手になって欲しいと思ってます。
そして、いつかあの時のように・・・・
私を支えてくれた総ての人と輪になり
「栄光の架橋」を歌いたいと思ってます。

おわかりになりましたか?
なぜLet's V.B.C栄光の架橋へと・・・・なのか