目が覚めるとそこは船の中だった。
収納も含め、4畳ほどのスペースが、
晴美の部屋の全てだ。
簡素なベッドと机しかないビジネスホテルのような部屋は、
ごちゃごちゃと生活感にあふれている。
晴美は、共同の洗面所で簡単に身支度を整え、
いつものように作業着を着て食堂に行く。
この職場は化粧しなくても怒られないからいい。
今日も漫画のセットを作らなくては。
この船は、中古漫画を世界中に運ぶ船であり、晴美は膨大な在庫から完結セットを作り続ける作業員だった。
「晴美はいいねぇ。
ホームシックならないの?」
貴子は、八重歯をのぞかせて、
朝ごはん洋食セットのトーストにかじりつきながら、
憂鬱そうな目で晴美を見た。
「ならない。だって、漫画あるし」
この船の中は「漫画」しかない。
テレビもネットもない。
携帯でさえ、今まで使っていた番号は引き継げるものの、通話とメールしかできない会社支給のものしか使えない徹底ぶりだ。
半年間日本を回るお試し渡航を耐え抜き、外海に出ると半年間は抜けられないこの船の中で働こうという人間は、ほぼ漫画好きしか残っていない。
「私昨日ホームシックなっちゃった」
晴美は朝食定食のビニール袋を割いて、海苔を取り出す。
「地元舞台の漫画読めばいいじゃん」
晴美は言って少し後悔した。
貴子怒らせちゃったかな、と思ってさりげなく顔色をうかがう。
「ムカつく。
もっといたわってよ。
てか、ホームシックなくなるような漫画探してきてよ」
と、貴子はコーンポタージュスープを飲み干した。
晴美はほっとする。
こういう軽口を安心して叩ける相手がいなければ、晴美もこの船に居続けることが苦しかっただろう。
「私は貴子がいてくれたら、さみしくないよ」
「もー、レズじゃないんだから。
早くしないと遅刻するよ」