今回はかなり盛りだくさん
まずは、六波羅蜜寺へ。
有名な空也上人立像はこのお寺にあります。
見学したかったのですが
弟くんが変なテンションになっていて
静かに見学できなさそうだったので
今回は泣く泣く諦めました
ところで、近畿圏に住んでいると
気軽に行ける範囲に多くの史跡がありますが
どうしても鎌倉時代の史跡は少ないです。
鎌倉時代の仏像は沢山あるけど、
(⬆︎の空也上人像や東大寺の金剛力士像等)
鎌倉時代の "出来事" を感じられる史跡って
何か無いかなぁ~?とネットで検索したり、
歴女の友達に相談したりして、
そうだ!六波羅探題の跡があった!
と、六波羅蜜寺に来た訳です
1221年の承久の乱の後、
鎌倉幕府が朝廷の監視役として設置した
六波羅探題。
⬆︎今は石碑があるだけですが
昔、ここら辺にあったそうです。
六波羅蜜寺の次は方広寺へ。
国家安康の鐘があるお寺です。
肉眼では無理でした
こちらは、「真田丸」の予習を兼ねて。
お次は三十三間堂。
⬆︎こちらの仏像で有名な場所です。
(撮影NGの為、画像はお借りしています)
写真では見た事あったけど
実物はさすがに圧巻でした
でも、こんなにキラキラではなかったです
三十三間堂の次は養源院。
血天井で有名なお寺です。
血天井…関ヶ原の前哨戦・伏見城での戦いで
石田三成軍に追い詰められた
徳川家臣・鳥居元忠が
380名の家来と城内で自害しました。
その血が染み付いた床板を
供養のために天井板にしたのが血天井。
⬆︎こちらも撮影NGの為、
写真はネットよりお借りしています。
鳥居元忠達の遺体は
関ヶ原の戦いが終わるまでの約2ヶ月間、
城内にそのまま放置されていたそうで
血天井はかなり生々しかったです。
手形、足形もかなりくっきり。
「真田丸」でも伏見城の戦い、
詳しくやるかな?
養源院では俵屋宗達の
襖絵や杉戸絵も間近で見られます。
そして、本日の最後は東福寺。
こちらは時間が遅く拝観できませんでした。
でも、いいんです!
お目当はこちらの六波羅門ですから
この門は、名前の通り、六波羅探題から
移築された門だそうで、
よく見ると、矢痕が沢山付いています。
これは1333年に足利尊氏率いる倒幕軍が
六波羅探題を攻めた時の矢痕だそうです
ここにも鎌倉時代の史跡がありました
今回は、鎌倉時代の史跡と
「真田丸」関連の史跡をメインに
コースを考えてみました
(三十三間堂はむしろ おまけ
)
沢山歩いてクタクタですが
親子共々、かなり勉強になりました








