GYAYOKO`S......... -515ページ目

今日帰りま~す!

中目、駒込、巣鴨周辺のみなさん!

お世話になりました。

しばらくはロスでひっそりとしておりますので

ご安心くださいにひひ

お店の栄えある1周年記念でパートナーの

ひーちゃんと記念撮影。カメラ

えっ?酔っぱらってるかって? 

いえいえ まじ しらふです 目

他に誰もいないのでセルフタイマーで

お茶らけましたにひひ

いつもこんな二人で、なかなか

嫁にいけません。べーっだ!

KAYOKO`S.........

ひーちゃんは44歳

容姿端麗?頭脳明晰?性格温厚?食欲旺盛(これまちがいない)

だれかお嫁さんにしてあげてくださ~い音譜

Happy Happy Nights !!!

待ちに待った、21日の夜。

ぷーさんと、お友達の若手潜水名人と、そして名人のお友達 傷心の笑顔が素敵な若者、と

私のパートナーのひーちゃんとジローラモ経営の

”SOBA JIRO"  で ご対面。

ぷーさんとはブログでコメントをやり取りする中、

”日本で一杯やりましょー” が 本当は、

冗談でいってくださったのか、宴会好きの私には

通じない!にひひ その企画を押して押して、

実現させてしまったのですが。。にひひ

なんだか遠足を待ち望む

気分でとても楽しみでした。

。。。。と、SOBA JIRO を後にして

途中、また 初対面のぷーさんのお友達 文筆家HIDEさんと

日本で唯一プロのヨーデル歌手、北川桜さんが

ジョインして、スマップの草薙さんが酔い潰れたというスペインバーで

盛り上がり。(私は脱がずにすみました~にひひ )

桜さんの透き通るヨーデルを聞くこともでき、

本当に楽しい素敵なひとときでした。

みなさん有難うございましたニコニコ

近頃、人との出会いが楽しくて仕方ない。
(かなり、いろいろな人を巻き込んでいますね~)

また お相手お願いしますね~

父を想う。。

今回の帰国の目的は、

お店の1周年記念と、父の23回忌。

父が亡くなった時、私は永住権を申請中で

アメリカ国外から出ることが難しく、出たとしても

あと何年かかるかわからない申請を1歳になったばっかりの

娘を抱えて日本で待機しなければいけないという選択しかなく

その後、諸事情で一度も法事には出席できず。。。

1984年私がアメリカへ立つ日の朝、

父は何も語らず、新聞を読んだふり。。

それが最後の姿になってしまった訳ですが。

私の父は石屋の2代目。今兄が3代目。

星一徹のように、ちゃぶ台がひっくり返って、ガラスが割れるのは日常茶飯事

ラッキーなことに、一番仲が良い仲間が近所でガラス屋だったので、

翌日は窓ガラスもすっかり元どうり。。需要と供給のバランスが抜群

それはさておき

思えば、父のことをあまり知らない。

戦争に関しては、

フィリピンの戦場でトラックを運転をしていたということ。

他の兵士と笑っている写真。

それぐらいだったのに、戦場で受けた心の傷は

いつまでも引きずっていたと最近聞かされた話。。。

いまでこそ、カウンセラーの活躍があるけれど。

私は、黙々と夜中まで石を彫り続ける父の姿の中に、

お酒を飲んで荒れる父の心の奥に、

遊園地や、ピクニックの写真の笑顔の奥に、

そんな思いを抱えたいたとは思いもしない。


本堂に静かに響くお径を聞きながら

思いを巡らせ。。。。。。。。。。。。。。