昨日、社のスタッフに「大学は自由と思うか?」という質問を投げてみたところ、
まじめな顔をして、、
「自由です!」という返事が返ってきました。
その後には、「だって、好きなことできまし、自由なのです。」というセリフが決まってついてきます。
私が「大学は自由ではない!」と力説したところ皆キョトンとしていましたね。
その一部始終をお伝えしましょう。
まあもちろん、この議論の前には「自由とはなんぞや?」という前提を考えるべきなのでしょうけども、そのような哲学的なところまでいくのではなく、直感で認識できるイメージでよいでしょう。
大学では好き勝手に授業に出て、好き勝手に部活ができて、好き勝手にアルバイトができるから「自由」なのでしょうか?
大学では授業の後ろで携帯をいじれて、友達としゃべれて、寝れて(笑)、いつでも外へ出れて、行かなくても最悪単位さえととれれば、「自由」なのでしょうか?
私は、それを「自由」と呼ぶのは違うと思います。
それは、単なる『わがまま』です。
もう少し言うと、大学なんて究極の『閉鎖空間』です。
だって、そうでしょう。たかだか少し広いキャンパスを構えたところで、社会とはある種隔絶された『空間』です。もちろん、積極的に社会と交流をもつ学生もいるのでしょうけどもここではその平均値としてのお話をしますし、社会と交流をもったとしても、大学⇒社会を見たところで、社会にいるわけでもないので、厳しい言い方かもしれませんがやはり大学は閉鎖空間なんです。
大学の先生方もその多くは大学以外しらない人が多い。
社会にでて、仮に体育会系の営業会社でビシバシしばかれた人もいないでしょうし、企業と言う組織に属したこともない人も多い。
別にそれはそれでよいのです。大学の研究者が企業でなじめるとは思いませんし、なじむ必要もないかもしれません。
こういう話をすると、
「林は、大学を批判している。自分も大学いっときながら、大学をどう思ってるのだ?」という声も聞こえてきそうですね。
私はずばり、こう考えています。
大学は『空間』として見た場合、決して『自由』ではない。
しかし、個々学生の『思考や発想』として見た場合、『自由』である。単なる『わがまま』を『自由』と勘違いしてはならない。
もちろん、大学は愉しいところです。
友達も、恋愛も、勉強も良いでしょう。
しかし、この『自由』という意味をしっかりと抑えて過ごしておかないと、卒業するとき、就職するとき、
大きなしっぺ返しを受けることになることもありますから^^;
~今日のヒトコト~
大学という空間は、自由ではない。
しかし、あなたの頭の中の空間は、自由である。