「愛」について、このテーマは難しすぎるので、今まで避けてブログを書いてきました。
しかし、当ブログの愛読者の皆様から、「林よ、早う書け!」という厳しくも暖かい数々のメッセージを頂きましたので、やはり書くことにします。
よく、「愛」と「恋」を比較されたりしますが、まずこれはまったくの別物と言えましょう。
「恋は下心」に、「愛は真心」とか言われたりしますが、本当に別物だと思います。
「愛」の方が、はるかに広義的だと思いますね、「恋」よりも。「恋」はほとんどが恋愛においてのみ、使われますから。
「恋しちゃった~~」とか女子高生が言っている。
「恋」ってちょっと軽い感じです。好きだ、嫌いだというような表面的な感じがします。
ただ、「恋」を決して否定しているのではなく、「恋」も通り過ぎないと、本当の「愛」の領域にも達しないのかもしれません。
「愛」は難しいのですよ、「愛」は(笑)。
深さでいうと、 「恋」 << 「愛」
これは、ご納得いただけるのではないでしょうか。
「愛」は、恋愛感情からも解き放たれ、もっと本質的な心情だと思います。
そう、損得や利害ではない、『無償の愛』だと思うのです。
無償の愛とは、簡単に言うと、見返りを求めない愛。
ただ、ひたすらに相手を思う。
ただ、ひたすらに相手に尽くすという種の愛。
女子高生ばかりを例にとって申し訳ないですが、
「彼氏がさ~、なかなか連絡くれないんだよね~~」という種のものは、
残念ながら愛ではなく、ただの「恋してる中」ですよね。
本当の「愛」は見返りさえもとめないし、ちょっと深いですが、『見返りを求めない私って、もしかしてイカしてるかも~!?』と思った瞬間に愛ではないのです。
『愛』の状態というのは、そのようなことさえ考えることはない。
「ただ、そこにあり、ただ、自然なり」
私が尊敬する、瀬戸内寂聴氏はこのように語っています。
●愛するということは、相手が何をして欲しいのかを考えること。
自分の好きなものは相手も好き、そうじゃないの。間違いの多くは、自分がしたいことを相手に押し付けてそれで自分は愛したと思っているんですね。
●今日会えたけど明日は分からない。愛情の出し惜しみをしないことですね。そんなケチケチしないで、今、愛情のすべてを捧げてあげてくださいよ。
マザー・テレサ氏はこのように語っています。
●どんな人にあっても、まずその人のなかにある、美しいものを見るようにしています。
この人のなかで、いちばん素晴らしいものはなんだろう?
そこから始めようとしております。
そうしますと、かならず美しいところが見つかって、
そうすると私はその人を愛することができるようになって、
それが愛のはじまりとなります。
いかがでしたでしょうか?
「愛」について。
「恋」は得てして、「恋人」に対していただく感情だと思いますが、「愛」はその対象が、恋人だけではありません。むしろ、恋人以外に抱くことも大いにある感情ではないでしょうか。
例えば、子供・両親・友人・困った人々に対しても。
「愛」は本当に語るのが難しいですね、深すぎますから。
人の人生というのは、この本質を追及していく旅のようなものかもしれませんね。
最後に、私の好きなマザーテレサ氏の言葉で、「愛について」を一旦終了とさせていただきます。
※世界平和のためにはどうすればいいのか?という記者の質問に対して。
~今日のヒトコト~
Go home and love your family.
(家に帰ったら、家族を愛してあげてください。)
by マザー・テレサ
※この言葉を知って。
本質は、すべてシンプルなんだと想いました。by 林 智宏