東原は秀才だった。高校三年の冬。センター試験を終了し、その翌日、学校の教室に皆集まった。東原に元気はなかった。彼はセンター試験に自分の実力に反し、失敗してしまった。
当時の実力で800点満点の85%以上、700点ほどは裕にとる男だったが、600点しかなかった。彼とは苦をともにした仲間であり、よく気持ちが分かった。東原に元気はなかったが、眼差しはまだあきらめてはいなかった。
ともに2次試験に向けて、ひたすら勉強した。ひたすら赤本に向かった。
二次試験、本番。
東原は大阪大学薬学部を受けた。彼は最善を尽くした。センター失敗により、ボーダーよりも、30点下回っていたが、彼の実力により、現役生が怒涛のように点数を追い上げた。
結果。受験とは残酷なものだった。合格最低点数より、東原の点数はわずか1点足りなかった。たったの1点である。
「東原、大丈夫か?」と一言聞いたとき、彼の目は、涙で一杯になり、 彼は泣いていた。そして、近くにあった机をこぶしで思いっきり、たった一回だけ叩いた。
彼はいつも冷静沈着、感情的になるタイプでなかったが、彼の内なる情熱はその悔しさと腹立たしさと次への希望で爆発しそうになっていたのに違いなかった。
信じ、尊敬した友人、東原はやはり本物だった。彼はこう言った。「俺は駿台予備校で一年間頑張るよ。お前はお前で頑張れよ。」
あの東原のことだから、鬼のように勉強を積み重ねたに違いない。彼は、基本一日15時間勉強しても、『不安だ』と言った男である。
・・・・・
一年後、東原から電話がかかってきた。
・・・・
「おーい、元気でやってるか?」
「おう、東原、二次試験どうやった?できたか?」
「ああ、京大農学部前期 合格や。」
「そうか、東原、おめでとう。さすがお前やな。お前みたいな奴が通らんと、誰が京大通るねん(笑)」
こんな会話が今から14年ちょっと前に二人の親友によりなされいた。
センター試験が近づくと、僕は毎年、東原との受験時代を思い出す。
彼が現役時代、流したあの「燃える涙」は今でも忘れはしない。
そんな東原は、今、大手メーカーの研究員で大活躍している。
僕から言わせれば、彼の「凄さ」を誰よりも知っているので、採用した人事をほめることにしよう(笑)その人事は間違ってはいないだろう。
お前と出会えてよかったと想っている。
そう、心から。

