真剣師、大田学 先生に会いたい。 |  レッツアイ社長 “探検家” Blog.

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☆99%の準備だけの人で人生を終えるか。
1%の探検家となり、あえて困難で険しい道を選び、探求を楽しむか?
選択は君次第だ。

私は将棋はアマチュア四段である。


大学院時代、天王寺の「三桂クラブ」や難波の「天狗道場」で、


よく修行をしたものである(笑)。


沢山のおじさん達の中で、よく揉まれたものである。


大学院時代に、難波の天狗道場で習ったのが、


他でもない、真剣師の大田学先生(当時88歳)であった。


レッツアイ社長 の 『 新・起業道中膝栗毛 』

大俳優、勝新太郎さんと大田学先生

真剣師というのは、「賭け将棋師」のことである。


賭け将棋師と聞いたら、びっくりされる方もいるかもしれないが、


この大田先生が若かりし頃の時代では、当たり前の「所業」であり、


強い者は相手を求め、全国を行脚したという。


大田先生は、その代表格であり、一局の将棋で当時のベンツが買える程、


賭けたことがあるというのだから、


桁違いの、命がけの、勝負の世界でいた人であることは間違いない。


その大先生が僕の将棋の先生でもあったわけである。


88歳にして、背筋は曲がらず、誰よりも歩くのが早く、


私が「大田先生」と呼んだときには、もういなかったのだから、


びっくりしたことを今でも覚えている。


それだけ、歩くのがとにかく、速かった。


レッツアイ社長 の 『 新・起業道中膝栗毛 』


将棋はというと、さすがは鍛え抜かれた勝負師の「実力」と「勘・感」は、


相当なるもので、アマチュア四段クラスの僕の棋力では、


県代表の中学生が、相撲の朝青龍と戦うようなものであった。


左手にタバコ。 右手に駒。 このスタイルが大田流。


大田先生がタバコを吸って将棋をしている姿は、これほどまでに


格好良いのかと今でも、写真を見ると思い出す。


そして、昔の人にしては、とても身長が高く、175センチは軽くあったのではないだろうか。


そんな、伝説の勝負師、大田学先生も寿命には勝てず、92歳で大往生された。


先生、沢山のことを私は学びました。


本当に有難うございました。


あのスタイルで、天国でもきっと将棋をしているのでしょうね。


今日のヒトコト

一流とは一つの流れ。

一本筋が通っているということ。

どの道でも、一流はやっぱりカッコイイ!