設定等は『元カノの逆襲』に!
最愛の彼女に、試すつもりで別れ話を持ちかけたところ本当に別れることとなってしまい、慌てて友人として関係を続けてくれと縋ってから早くも一年の歳月が過ぎた。今も変わらず、元カノ――キョーコは俺のそばにいてくれている。もちろん、友人として。一時、妬いてくれないかと期待して彼女を作っていた時期もあったが、今はまっさらなフリーである。
「じゃあ、彼女ができたら言ってくださいね?そうしたら、会うのを止めましょう」
にっこり笑顔でそんなことを言われたら、死んでも彼女なんか作らない。俺は今日もキョーコと食事をするため、せっせと仕事をこなすのだった。
「では、かんぱーい」
キョーコは今日もお気に入りのピーチサワーを飲んでいる。グラスを傾ける間もその顔はニコニコといつもの三割り増しでご機嫌で、俺はビールを一口飲んでから聞いてみた。
「なんだかご機嫌だね。何かいいことあったの?」
「わかります?」
うふっと笑みをこぼしながら、少し身を乗り出してくるキョーコ。かわいいなあ、なんて、何度思ったかしれない感想を抱きつつ、俺は先を促した。
「実は・・・・・・気になる人が、できたんです」
「ぶっ」
返ってきた内容に、俺は再度口を付けていたビールを吹き出した。
「きっ、気になる人!?」
渡されたハンカチで口を拭いながら、聞き間違いであってくれと願いながら聞き直すと、無情にもキョーコは首を縦に振った。
「はい。異動で私の課に来た人なんですけど、すごくかっこよくて。仕事もバリバリこなすんですよ。尊敬しちゃう」
うっとり手を組んで、夢見るように語るキョーコに、いっそ今この瞬間こそ夢であれ、と願った。
俺とキョーコの今の関係は、『お友達』。俺は元の鞘に収まりたくてしょうがないが、キョーコにはばっさりフられている。前科が色々ある身としては(試そうと別れを切り出した・間を置かず彼女を作った・その彼女と致している所を見られた等々)強引に関係を迫ることもできず、今の関係に甘んじている。
そう、俺たちは友人なのだ。だから、キョーコが新しく彼氏を作ろうとしても・・・・・・止めることもできない。
「つ、付き合うの?」
「新しい職場に馴染むので忙しそうですし、まだ付き合っていただけそうにはないですね」
「そ、そっか。まあそれに、相手にも彼女とかいるかもしれないしね」
「彼女さんはいないそうです」
ささやかな希望が速攻で打ち砕かれる。
「ででででも、ほら、かっこいいなら競争高いと思うよ?止めた方がいいって」
「う~~ん・・・・・・でも、仲良くなりたいと思っちゃいましたし」
頑張ります。と、ほんのり頬を染めてかわいらしく笑うキョーコに、俺は思わず、グラスを落とした。ガラスの砕ける音が、その欠片と共に飛び散った。
――そこから、俺の不穏な日々が続いた。会うたびに、キョーコが綺麗になっていくからだ。
髪はワックスで丁寧にまとめられ、脇に流れる前髪の向こうから覗く目元は艶やかだ。唇はいつもと色味の違うリップで光り、きっちりと首元まで締められていたシャツはちらりと鎖骨が見える辺りまで開けられていた。
「・・・・・・キョーコ、変わったね」
「そう見えます?雰囲気だけでも近づきたくって、大人っぽくしてみたんです」
言いながら、落ちかかった前髪を直す仕草に目を奪われる。同時に、胸の中にじわりと黒いものが広がる。ここ最近、頻繁に感じるこれは――嫉妬だ。
俺には、これほどまでにキョーコに影響を与えた実感はない。出会った時からキョーコは変わらないように見えたし、そんなありのままのキョーコが好きだ。だけど、近づきたいからと努力して、そしてその努力が実っていく様を見ていると胸が痛み、そして思う。
もしかしたら、キョーコには俺への気持ちはこれっぽっちも残っていないのかもしれない、と。
そばにいさせてくれるから、彼氏を作らずにいるから、俺に笑いかけてくれるから。俺をもう一度、隣に置いてくれるんじゃないかと、淡くも期待しているけど。
「だからですかね?今度、一緒にご飯、行ってくれることになったんです!もう嬉しくて嬉しくて」
言葉通り嬉しそうに笑うキョーコに、何と言葉を返したのか覚えていない。気がついたら自宅で、いつキョーコと別れてどうやって帰ったのかさえ記憶が飛んでいた。
のろのろとシャワーも浴びずに寝室に向かって、ベッドに飛び込んだ目を閉じると、頬を染めて見知らぬ男に駆け寄るキョーコの姿が浮かぶ。アルコールでふわつく思考は簡単に涙腺を緩ませて、俺は一人枕を濡らした――――
だけでは終わらなかった。
休日。駅前の広場で、俺は帽子を目深に被り直しながら息を吐いた。
ショックを受けながらもキョーコから待ち合わせの場所と時間を聞き出していた俺は、こうして当日、朝からストーカーよろしく待ちかまえている。できるだけ顔を隠そうとかけた伊達眼鏡を直し、ちらほらと集まりだした人に目を走らせる。
こんなところ、見つかったらキョーコに呆れられるだろう。何をしてるのか、と。
キョーコがどこの男と出かけようが、俺にそれを止める権利も、こうして追いかける権利も無い。これだけ想っても、報われる希望も見えない。もう『お友達』止まりにしかなれないとしても、それでも、
(キョーコのそばにいるのは、俺でありたい)
ちょうど電車が着いたのだろう、たくさんの人を吐き出す駅の入り口を、俺は観察し続けた。
すると人の流れの中に、キョーコを見つけた。黒いハイネックのノースリーブに、白のパンツ。カーディガンを流行に緩く巻いて、足は艶のあるエナメルパンプス。俺がいつも見るスーツ姿よりも露出は少ないのに、体の線がはっきりと見えるその格好は色気を放っていた。
駆け寄りたくなるのをこらえて、キョーコが俺の所から20メートルほど離れたベンチに腰を下ろすのを見届けた。優雅に脚を組み、携帯を取り出して何やら操作している。
その姿から、俺と会う時よりも気合いのようなものを感じて、また凹む。しかしいつまでも凹んでいられない。今日一日、キョーコと相手の男を尾行して、まだ同僚であろう2人の仲を邪魔すると決めたのだ。・・・・・・どう邪魔するかは一晩悩んで結局、決められなかったけれど。
その時、後ろから誰かにぶつかられた。ふっと嫌な思い出がよみがえって慌てて振り向くと、そこには長い黒髪の女が立っていた。
「ごめんなさい。急いでいたもので」
「あ、ああ、いや。怪我とかないですか?」
「ええ。それでは」
女は軽く会釈すると、俺の横をすり抜けていった。切れ長の目の、それなりの美人だった。油断していてばっちり顔を見られたものの、特に顔色を変えるでもなく去った女に、少し興味が沸いた。もちろん、あくまで好奇心的な興味だが。俺が異性として惹かれるのはキョーコだけ。
改めて、キョーコの待ち人を見定めてやろう(認める気はさらさら無いが)と向き直ろうとしたところで、俺は後方で上がった歓声に勢いよく振り返った。
「キャーー!モー子さん、私服もとっても素敵!!」
興奮しきった声は、俺も何度か聞いたことのあるものだ。白鳥を模した瓶の香水を贈った時、感激したキョーコが、「オデット!!」と叫んだ時と同じ。
見れば、キョーコはついさっき俺とぶつかった女に飛びき、頬を紅潮させながら賛辞を贈り続けていた。その目はハートマークになっており、見た目が大人っぽいだけにギャップがすごかった。
そこで俺は思い至る。キョーコは気になる人、かっこいい人とは言っていたが、男だと明言はしていなかったことに。つまり、キョーコが気になったという、かっこよくて仕事をバリバリこなす人とは、あの美女だったということだ。
「ははは・・・・・・」
俺は乾いた笑いを漏らし、そのままその場にしゃがみ込んだ。
なんだ、結局。
「キョーコにからかわれただけかっ・・・・・・」
俺はよろよろとベンチに場所を移し、腰を下ろして大きく息を吐いた。安心した。すごく、安心した。近づきたいと言っていたのも、本当に同性への憧れの範疇だったのだろう。
するとキョーコは、俺をわざと悩ませたわけである。キョーコのことだ。俺が髪型やメイクが変わっていくのを見て俺が焦っていたことに、とっくに気づいていたことだろう。だけど、あえて勘違いを正さずに男の影をちらつかせて、俺を煽るなんて。
「キョーコ、まだ俺のこと、好きでいてくれてるのかな・・・・・・」
自分で言ってアレだが、嬉しくなって顔がニヤける。キョーコの悪戯に、わずかな希望の光が差し込むのを感じた。
もしかしたら、元鞘に戻れる日も遠くないのかもしれない!
自分の機嫌がバカみたいに良くなるのを実感する。俺は立ち上がり、隠れることなくキョーコたちの方へと足を進めた。
「やあ、偶然だね?」
俺は片手を挙げて、まだベンチできゃっきゃとはしゃいでいるキョーコの前に姿を現す。きょとん、と目を丸くしたキョーコと、不審そうに俺を見る彼女の同僚に、俺はにっこりと笑いかけた。
end.
→continue...?
「ねえ、モー子さん。悪いんだけど、私の友達も一緒でもいい?」
「それは・・・・・・まあ、構わないけど、その友達はどこにいるのよ」
「たぶん、そのうち出てくると思うの。ほら、あそこ」
「・・・・・・なんかデカいのがいるわね。っていうか友達って男?私さっきあの人とぶつかったわ」
「そうなの?ごめんねモー子さん」
「・・・・・・なんかベンチに座ってるけど。場所間違えてるんじゃない?」
「だって待ち合わせはしてないもの」
「?どういうことよ?」
「あの人が勝手についてきただけだから」
「・・・・・・ストーカー?」
「ううん、友達よ」
こんなやり取りかーらーのー、「やあ、偶然だね?(笑顔120%)」なので、モー子さんは不審顔です。キョーコは演技派!(笑)
お粗末様でした~。