兄いもうと | zuzu's room ズーズーズルーム

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ごくたまに英会話レッスン! With Free English Lessons (Rarely)
                    

 

★わけあって、脱アメブロを決意した筆者ですが、

  とりあえずその後どうするか決めるまでは、

  どうしても書きたいことがあったときだけ

  更新することにした次第でございます★



本日は老母を連れてピクニック。



巻き寿司と鯖寿司およびエビサラダ巻に

鶏もも唐揚とパイナップルを持って、

母のそのまた母親が生まれた町の、天満神社付属原っぱに。

ここは幼き日の母がしょっちゅうやってきては親戚の子らと遊んだ地だ。



特養に入る前は、自分で建てて51年間住んだ我が家を忘れて

夜な夜な現存しない生家を探して徘徊した母だが、

入所後1年を数えて、母の記憶から、我が家はもちろん、生家のことすらが消えようと

しているように思われる。

そうして本当にわずかになった記憶の中で、今も懐かしむのはこの町だ。

だから昨日、ここでピクニックしよう、と誘うと本当にうれしそうな顔をした。

母がこの地を懐かしむことができる間は、何度でも連れてきてやろうと思う。



とはいえ、到着しても

「ここは、あんたの大好きな、天神さんやで!」

と教えてやらねばならないのだが。



大きな声では言えないが、実は、先年死んだこの母の兄も

母に輪をかけてこの地を愛しており、

死んだら遺髪を撒いて欲しい、と言い遺したほどであった。

遺言通り、従兄らと母と私とで、この母の兄の遺髪を

この公園にほんのひとツマミずつほど撒いたのだが、

他人からしたらどう考えてもキモイと思うので、迷惑にならぬよう

人が踏み込まぬような藪やら茂みを選んで撒いた。



さて、おいしいおいしいごはんを食べ終えて、母と私のセルフィーを

撮ったところ、母が上記の兄に激似、という1枚があった。



老人となるまで兄とは似ても似つかぬ妹であったのに、

80を超えた頃からどんどん似始め、周囲を驚かせた母であるが、

今日撮ったこの写真は、歴代1位の類似っぷりであった。



「ワー!!これ、〇夫さんにソックリ!!!」


と騒いで母に見せたら、反応という反応が全部にぶい母のわりには、

ちょっと早めに


「ほんま・・・」


と言ってニヤニヤした。

しばらく黙ってお茶を飲んでいたので、

この話題は当然忘却したものと思っていたら、


「もっと前から、」

と話し始めた。

「もっと前から、こんなに似るって分かってたら・・・

 誰かが教えてくれてたら・・・くれてたら・・・・あの・・・んと・・・んと・・・」


言葉に詰まったので、


「もっと前から似るって分かってたらどんな努力をはらってでも

 似ないようにしていたのに!って言いたいの?」


と聞いてみた。

私としては冗談のつもりで、なんらかの部分否定ぐらいはしてくるものと

思っていたら、


「そう。」


ときた。

男女のきょうだいとしてはめずらしいほど仲が良かったのに、

なかなかシビアなことを言う。



この兄が死んだとき、母はすでに相当に認知症が進んでいたため、

悲しみに集中できず、死んだことも覚え続けていられないことを

神に感謝したことを思い出す。

ボケていなかったらどんなになっていたことか。

そしてそんな母を見る私もどんなに心をいためていたことか。

そして今日も、ボケているがために、大好きだった亡き兄と遊んだ思い出の地で、

亡き兄の面影を色濃くあらわす自分の写真を目のあたりにして、

泣きもせず、偲びもせず、顔が似たことをイヤがるとは、


(ああ、ボケとは、救いでもあるのですね・・・天神さん・・・!)


しみじみと思いながら、オモシロイので大笑いした。