私のノートブックに

大きな文字で書き綴られるものは

(というか書き殴られるもの)

たいがいが「怒り」だ。

 

 

記憶に新しい殴り書きページには

 

「おせーーーよ!!」

「ふざけんな!!」

「ボケカス!」

 

と書いてある(笑)

 

 

 

 

パラパラとノートを見返すときに

パッと目につくのは

不平不満文句怒りの文字。

 

字が大きくて

ページいっぱいいっぱいに

書いてあるから。

 

 

 

 

 

 

 

けど、最近

こんなことも

大きな文字で書くようになった。

 

 

「幸せだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このとき、

何があったのかというと。

 

 

 

 

 

同じ仕事をしている人が

目立った成果を上げた瞬間を目にした。

 

その人は、

見る人から見たら

私と比べられるような

近い立ち位置にいる人。

 

 

 

そして、時を同じくして

別のところで同じ仕事をしている人も

目立った成果を上げていた。

 

こちらの人は、

直接比べられることは

ほぼないとは思うけど

場合によっては比較されることもあるかも。

 

 

 

 

このふたりに

ポンと上がった成果を見て

 

「おおーーー!いいね!いいね~!」

「良かったねーーー!」

 

と、素直に思えた。

 

 

 

 

 

そのときにふと

 

おや?

今までだったらここ

ザワってるところだよね…。

 

今はどうしてそれが

出て来ないんだろうか?

 

と疑問が浮かんだ。

 

 

 

 

その答えは

 

比較しなくなったから。

 

 

 

外側の事象(誰かの成果)によって

自分の価値を上げたり下げたり

しなくなったのだ。

 

 

 

 

誰が?

 

私が。

 

 

 

 

 

もしかしたら、

仕事に関わる人の中で

こういったことがあったときに

私と誰かを比較して

「いい」とか「悪い」とか

「できる」とか「ダメだ」とか

言ったり思ったりすることはあるかもしれない。

 

 

 

けれど、それについて

本当のところはわからない。

 

 

 

そう思われるかも。

比較されるかも。

ダメって思われるかも。

 

そういう幻を勝手に見て

誰かと比較して

自分を上げ下げしていたのは

他でもない、自分自身だった。

 

 

 

 

 

 

 

こういう話は

前々からいろんなところで

見聞きしてきた。

 

 

けど

 

自分で、はて?と思い

そのジャッジがなくなっていることに気づき

 

不必要に自分自身が

上がったり下がったりする

ジェットコースターのようなものから降りて

 

「どっしりと地上にいる」

 

ということを感じたとき。

 

 

 

静かに感動した。

 

 

 

 

 

 

 

ただ目の前のことを

 

まっすぐに感じ

まっすぐに喜び

 

何もくっつけずに

まっすぐに見られることが

とってもとっても嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

もちろん、

いつもこうなわけじゃない。

 

ひねくれてるときも

やさぐれているときも

性格が悪いことを思うときもある。

 

 

けど、いーのだ。

それすら全部そのままでいーのだ。

 

 

 

 

変わらず、

 

「死ね!」

「ボケカス!」

 

と書きなぐる日もあるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

だけど、こんなふうに

 

「幸せだ!!」

 

という叫びも

 

 

 

 

 

 

たくさんたくさん

書き綴っていきたい。