昨日はお祝いの食事会があり
旬の季節に突入した
「上海蟹」をいただいてきました。
旬がはじまったばかりで小ぶり♡旨味がぎゅぎゅっと詰まってる♡
冷凍ではなく、生の上海蟹を
その場で調理してくださるので
新鮮で素材の味がしっかり感じられ
濃厚でとーっても美味しかったです♡
調理前の上海蟹。泡ぶくぶくしていたよ。
この食事会の流れで
いろいろと感じることがあって
ノートしまくっています。
おかげで、
いろんな設定変更ができた♡
心は
ザワザワしたり
ギュッとなったり
ドヨーンとしたり
忙しいけれど…。
どれも
ただの「サイン」
なのだ。
本当の私を知るための
「機会(チャンス)」
なのだ。
何を感じてもいい。
って本当に自由。
しかし、
「今ある気持ち」を
変換してしまったり
押し込めてしまったりする
自動反応は相変わらずあって
瞬足でジャッジして
気持ちを捻じ曲げてしまう。
できるだけ
「そのまんまの気持ち」を
とれたてホヤホヤの状態で
ノートに出していけたら、と思う。
そんなことをあれこれと
考えていたときに
ふと思い出したこと。
「彼」
「彼女」
という言葉が
私、好きなんです。
ついつい、人を肩書で見たり
稼ぎの額とか、成功しているとか、
人気があるとか、華やかだとか、
子供とか、親とか、目上の人とか、
外見にとらわれてしまうとき
その人の名前で話をすると
(脳内会話であっても)
すごい、すごくないと
2極の思考がベースになってしまう。
そんなとき、
「彼」
「彼女」
と心の中で呼んでみる。
するとその途端、
「ただのひとりの人」
になる。
例えば、
親兄弟にムカついたとする。
なんか
友達なら平気なのに
家族だといらっとすることって
ありませんか?w
そういうとき
「母親が」ではなく
「彼女が」と思うと
なんか急にスッと引きの目線になる不思議。
「子供が」ではなく
「彼女が」と言ってみる。
「上司が」ではなく
「彼が」と言ってみる。
「(憧れの)○○さんが」ではなく
「彼女が」と言ってみる。
一瞬でフラットになる。
この感覚が、とても好き。
そして、
自分のことも
「彼女が」と言って見てみると
これまた視点が変わる。
と今日ふと思った。
なので、ちょっと実験。
しばらくこの視点、呼び名で
自分のことを観察してみようと思う。w
何か変化があるかな?

