今日の東京地方は雨。

 

雨が音を吸収してくれるのでしょうか。

とても静かな朝の時間が好きです。

 

 

 

買い物に出かける道すがら

雨に濡れた花たちが

得も言われぬ美しさで佇んでいます。

 

 

 

 

 

 

 

そして、

 

ご近所の友人から聞いていた

噂のタケノコを発見!!

 

 

 

 

 

誰かが採った形跡あり!

 

食べたのかしら・・・

 

 

 

 

 

 

こんな大物も!

 

都会でよく育ちましたね。

 

 

 

 

 

 

賃貸であれば、

家賃50万円以上はするであろう

高級マンションのエントランスに

タケノコ・・・

 

なかなかシュールな光景です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近の読書の中で

何度も何度も繰り返し出てくる

「テーマ」とも言える言葉がいくつかあります。

 

 

複数の本を読んでいる中で

あ、またこのワード・・・

という感じで登場するんですよね。

 

 

 

 

直近のものでいうと

 

「崇拝」

「死生観」

「心を開く」

 

などです。

 

 

 

 

 

この「心を開く」というのは

昔からのテーマのひとつでもあって。

 

 

 

 

私の中の設定では

 

心をオープンにして

自分の中のものを開示する

 

という爽やかな生き方をしている人の

在り方を指すものでした。

 

 

 

そういう人に

すごく憧れがあってですね。

 

 

 

 

私自身は、

 

一見すごくオープンに見えて

心の奥の扉は少ししか開けていない。

 

昔からの友人が

そんな表現で言ってくれたことがあります。

 

 

 

 

コンプレックスというほど

気にはしていないのだけれど

憧れはあったな。

 

どんな人の前でも

自分をオープンに開示できる人。

 

 

すごく生きやすそうに見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、

ここ最近の読書の中で

その「心を開く」生き方をしている人との

対話をしていくうちに

その言葉の設定が変更されました。

 

 

 

 

 

「心を開く」とは?

 

心の扉をオープンにして

人生で起こる出来事をまるっと受け容れること。

 

 

 

 

 

自分をさらけ出す、という

いままでの設定はすごく難しい感じがしてた。

 

私にとってはハードルが高い感覚。

 

 

 

 

 

でもね

 

全ては喜び。

私の幸せ、私次第。

 

 

このベースが自分の内側にあれば

外側の出来事に心を開くことは

そう難しいことじゃない。

 

 

 

何を感じてもいいよ、と

自分に許しているから。

 

外側で何が起ころうとも

受け容れることはできる。

 

 

 

 

こんなことが起こったら嫌だ!

こうでなきゃ嫌だ!

それは受け付けません!

 

という態度ではなく

 

 

 

何が起こってもOK。

受け容れて何を感じでもOK。

 

 

私で在るだけでいい。

 

幸せは私が決めていい。

 

 

 

 

 

「心を開く」というのを

そういう設定にしたら

なんだかとても簡単になった。

 

 

いつでも意識していればいい。

 

 

そうしたら、

心を閉じようとした時に

すぐに分かる。

 

なんでだろう?

と自分に問える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私にとってのこの

「心を開く」という生き方、在り方は

 

人生をよりよい方向に

すーっと導いてくれる。

 

 

そんな感覚がしています。

 

 

 

 

 

そしてね、この在り方は

きっと人にも自然と伝わると思うんだ。