私は以前よく
「これやっていいかな・・・」
「これ買っていいかな・・・」
何かをやる前に
不安な気持ちになることがありました。
それは
損得を気にしていたから。
絶対に損はしたくない。
損して悲しい気持ち
悔しい気持ちになりたくない。
損はいりません。
得(善いこと)だけが
欲しいです。
とずっとずっと思っていました。
「全てが喜びである」
と決めた今は
どんな感情を感じることも
自分に許せるようになったので
同時に
どんな経験も
自分に許せるようになりました。
やってみて何を感じてもいいのです。
あれ?なんか違ったな・・・
お金や時間を使ってまで
やることでもなかったな・・・
そう思ったら
そう思ったでOK。
それもひとつの経験です。
それもひとつの喜びです。
なんだか要らないこだわりを
たくさんたくさん抱えていたな
と思います。
そのこだわりを無意識に
握りしめているから
流れに乗れない。
これは違う!
と抵抗してしまう。
善いか悪いかなんて
その時には分からないのにね。
というか、
ずっとそんなのは
自分の小さな脳では分かりっこない。
だから結局、
「善い」も「悪い」もないのだ。
そこに「経験」があるだけ。
そこに「自分の感じたこと」が
あるだけ。
ノートはどんな気持ちを吐き出しても
黙って受け止めてくれます。
そしてそこに問いが生まれると
ふとした瞬間に答えがやってきます。
そう、
いつでも答えは
語りかけられているのだ。
それに気づくかどうかだけ。
「善い」「悪い」
「正しい」「間違っている」
そんなふうに思ってしまう
自分に気づいたら
ちょっと視点を変えて・・・
もっともっと
自分自身が喜びを感じること
を許していこうと思う。
全ての指針は
自分の喜びにある
そんなふうに感じる
今日このごろです。

