この年末年始は、
仕事のこと、人生のことを
教えてくださっている師匠に
ご挨拶をさせてもらう機会を
つくってもらうことができました。
大晦日は8人で銀座集合。
元旦は13人で六本木集合。
みんなが健康で
こうやって毎年集まれるのは
とても嬉しいことです。
この2日間、
師匠にいろいろと
お話を聞かせてもらったのですが
私自身の感覚が
なんだか今までと違う・・・?
師匠の言葉に
衝撃を受けないというか
あまり心が動かない。
あれ。
なんだろう、この感じ・・・
そのなんだか不思議な感覚は
少しの間、心の中に置いておき
ノートにも書き出さずにいました。
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その間、
オンラインサロン設定変更大学の会員限定で
藤本さきこさんのセミナー動画の
ショートバージョンが公開され
それを何度か見ていると
こんな言葉が
心のフックに引っかかりました。
例えばこれ(背景)が、家族だったら
同じぴったり重なっているかもしれないし、
だんだんそれがズレてくるかもしれない。
それは人間関係でも同じです。
今まで同じ背景だった人が、
ズレてくるというのは、
そもそも同じ人生を
生きているわけではないからなんですよ。
なので離れていくこともあるし、
重なりあうこともある。
その時その時を大事にしていく。
師匠や仲間たちとは
もう十数年一緒に過ごさせてもらって
ずーっと学ばせてもらっているので
離れることなんて
1ミリも考えたことがなかった。
でも、もし背景が
ズレていくことがあるのだとしたら
それはそれだな、と思った。
ずっと背景を重ねていなくてはいけない
って、どこかで思っていたけど。
それは手放そう。
今、重なり合っているその時を
大切にすればいい。
それだけ。
どう変わっても大丈夫。
自分の感覚を大切にしていればいい。
と、決めた。
そして、
そう決めたら・・・
自分の感覚が変わったと感じた
その理由が分かった。
私は今まで
師匠の話の中から
「自分はダメだ。まだまだだ」
「あぁ、全然できていない・・・」
と、ダメージを受けることを
求めていたんです。
「刺激」を求めていた。
痛み
情けなさ
できていない
劣等感
不甲斐なさ
そこから奮起して
よし、頑張ろう!と
上を目指すのが良いこと
としていた。
それは悪いことではないし
自分自身の成長のために
必要な場合もあると思うんだけど
私の場合は、いつからか
「パターン化」していた気がします。
ただ、
同じことを繰り返している。
だからそこには
前に進む原動力とか成長とかは
なかったんだよね。
でも、
もうそれはやめたんだ。
そういう「刺激」で
魂を喜ばせるのはやめると
決めていたんだよね。
どこでその設定がなされたのか
はっきりとは分からないのだけど。
たぶん別のところで
設定を変えたことで
その「刺激」を受け取らなくなっていて
物足りなさを感じていたのだと思う。
あれ?師匠の話で
衝撃を感じない・・・って。
でも、それでいい。
私は違う「喜び」を
選択することにしたんだ。
わざわざ「刺激」を選んで
「あ~痛いっ!」と言って
楽しむのはやめたのだ。
もちろん師匠の話の中で
今の私にはまだできていないな
って思うこともたくさんある。
でもそこは
「できていない」ではなく
「そうありたいな」と
受け取れるようになった。
自分責めの遊びをやめたら
同じ話の中から
こうありたい、という
本当の願いが見えてきた。
今まで私・・・
こじらせた願いを放ってきたんだな。
願いは全て叶っている。
今、私の目の前で。
だからこれからは、
まっすぐに願いを放っていきたいな。
そう思った。
あぁ、この変化。
すごいな。
嬉しいな。

