「古河なはももマラソン」 報告 | 我が青春 まっただなか

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60代の親父が今も青春を続ける奮闘記

早いもので、大会が終わって一週間近く経ってしまいました。

仕事が忙しく、報告が今日になってしまいました。

さて、3/16 天気は晴天 朝からぽかぽか陽気で、走るにはちょっと暑い感じの天気でした。

今回の大会では、地元の同僚がバックアップしてもらえて、とても助かりました。

同僚の家には、キャンピングカーがありそこが私の更衣室&荷物預かり場所となり、ちょっと選手気分 

トイレは、家の方のを借りれましたので、通常のトイレ混雑も心配なしでした。


身支度して、会場コースのPポジンションへ並びます。(最後尾から2番目)

並んでいると、目の前に裸足のランナー発見
フルを裸足とは凄い 

さて、暫く待つこと20分 10:00にスタートの花火が上がります。


私が、スタート地点を通過したのは、6分後でしたの2年前の東京マラソンの時より10分位早く通過

スタート地点では、有森裕子さんが手を振ってランナーを応援しています。


そして、5kmほど走っていると先頭ランナーを最初の折り返しから戻ってくる姿とすれ違います。


私が、最初の折り返しを過ぎたのは、それから15分位経ってからでしょうか

このころは、まだたくさんのランナーが周囲にいました。


17kmを過ぎた頃、突然私に大声で声援を送り旗を振る姿が一人


何と、高校時代の同級生が一人応援に駆け付けてくれました。


これには、びっくりしました。
今日は、誰も応援は無いと思っていましたので大変嬉しかったです。

この後は、永遠殺風景かと思うような、長い道が続きます。

既に、走り出して2時間過ぎていますが、反対車線は、復路のランナーの姿が多く、自分の遅さが気になります。


この後、3度の折り返しコースをこなしながらゴールへ目指します。

写真は、ちょうど中間を過ぎた22km辺りかと思います。

本物かわかりませんが、途中、ふなっしーの応援があり、一緒に写真を撮っている方もいました。

そして、この後給水所があるのですが、何と水が無いというアクシデントに見舞われます。


この日は、気温18度を超える暖かさのせいか、水分補給をされた方が多かったものと思われますが、水もコップも無いというのは、私もさすが厳しかったです。


次の給水所まで5kmありますが、途中幸い救護所がありそこでコップ一杯の水を飲むことができました。


ここまで、喉の渇きで歩いてしまいましたので、助かりました。


この後、30km地点でまた私へ手を振る姿が、私を心配して娘と奥様が差し入れを持ってきてくれました。


もう4時間近く走っていましたので、ここでの給食はとても有難ったです。(ミニチョコレートパン美味しかったです。) (^^)


そして、37km地点では17km地点で応援してくれていた友人が3時間近く待っていてくれて、応援エールを頂きました。


この応援エールは、クタクタになった走りに元気をとりも戻してくれました。


実は、この応援がなければもしかしたら、私はゴール出来なかったかもしれません。


あまり気にしていなかったのですが、最後の39km関門時間を制限時間3分前に通過だったのです。
あそこで、応援がなければ、ペースが戻らず時間内に通過できたか疑問が残る感じです。


そして、残り3kmのゴールまで坦々と走り何とか時間内にゴールとなりました。


また、ゴール地点では高校時代の後輩や奥様もいて私を迎えてくれました。

今回の大会でも知人の応援に助けられました。

東京マラソンの時のような応援は無いと思っていましたので、その分 私への活力へと繋がったと思っています。


遥々、応援に駆け付けてくれた友人、メールなどで応援頂いた友人に感謝したいです。
ありがとうございました。


PS.
エヴァンゲリンの着ぐるみ着て走っている人もいました。

こういう着ぐるみ着て走れる人って、尊敬してしまいます。