ぴょん⭐︎2人姉妹育児日記♪ -75ページ目

ぴょん⭐︎2人姉妹育児日記♪

39歳で結婚。不妊治療を始めました。
抗カルジオリピン抗体IgGが21U/mlで出産までヘパリン注射予定でしたが、妊娠後に値が18→15→13となり16週までで終了となりました。
2021年8月に41歳で第一子(女児)出産。2022年3月第二子治療開始。2023年11月出産。

こんにちはビックリマークぴょんですニコニコ音譜

いつも読んで頂き、ありがとうございますラブラブ

 

39歳で不妊治療開始

採卵2回、移植2回目で陽性判定

41歳で出産

 

これまでの治療歴はこちら


第二子治療

1周期目 血液検査、ビブラマイシン服用

2周期目 BCE検査→陽性でフラジール、シプロフロキサシン服用

血液検査結果→ヘパリン注射無しビックリマーク

3周期目 子宮鏡検査→OK、BCE再検査→陽性でジスロマック、アベロックス服用

4周期目 BCE再再検査→陰性

5周期目 移植周期(ホルモン補充)(4CC→4ACの変則版2段階移植)→9w3dで稽留流産


 

 

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こんにちは。

手術から一週間が経過しました。




まだ出血はありますが(1日500円玉1個分程度)、今はすっかり元気です。

ブログを更新していなかったので、心配してくださった方もいらっしゃるかもしれません。ごめんなさい!




実は術後2日目にブログを書き終わっていたのですが、内容が暗くて書き直そうか考えていたら一週間経っていました。

手術の内容が暗いというより、夫婦間の内容で…アセアセ(むしろ手術自体は皆さんのおっしゃっていた通り、寝たら終わっていました。)




連休中に夫と話し合いもたくさんし、なんとか持ち直しました。

夫婦っていろいろありますね。




書いたブログに関しては、そこを飛ばしてしまうと私の感情の動きをどう書けばいいのかわからなくなってしまうので、不快かもしれませんが、記録も兼ねてそのままUPすることにしました。




HSPの方は読まない方がいいかと思いますアセアセ

すみませんアセアセアセアセ




また次回以降はぴょん子の成長記録や離乳食の進み具合など上げていこうと思うので、今後ともよろしくお願いしますニコニコキラキラ





ぽってりフラワーぽってりフラワーぽってりフラワーぽってりフラワーぽってりフラワーぽってりフラワーぽってりフラワーぽってりフラワー




こんにちは。



前回のブログにいいねしてくださった方、コメントくださった方、ありがとうございました。

手術前日に号泣しながら読みました。皆さんの温かさにとても癒されました。そしてお陰で過度に怖がることなく手術を迎えられました。



ブログやっていて本当に良かったです。



皆さんに助けられて不妊治療を続けられてきたし、今後もそうなんだろうな、と思いました。

子育て面でもいつもたくさん情報をくださり、そちらも相当助けられています。ありがとうございます。

今後ともよろしくお願いします。




さて、流産手術についてです。

書いてくださっていたブロ友さんのお陰で流れはわかっていたので、私も書こうと思っていたのですが、当日、夫と一悶着…

本当に離婚したくなりました。




夫に関しては以前から思うことがあり、最近はよく喧嘩をしていました。が…。もう本当に欠けている…というしかなくて…




どうして手術当日の朝にそんな会話を持ちかけることができるのか全く理解できない…




そんな感じでした。




詳しく書いても嫌な気持ちが増大するだけだし、読まれる方も気分悪くなるだけだろうし、ということで、この件についてはここまでにしておきます。(かなり抑えたのですが、書いてしまいました。。不快な話で本当にごめんなさい。)




こんな出来事があったのですが、前日にブロ友さん達から温かいコメントを頂いていたから、気持ちを切り替えて、きちんと赤ちゃんにお別れを言う時間を持てました。

そうでなかったらどうなっていたか…

本当にありがとうございます。

いつも皆さんに助けられています。





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9:30予約。

着いてすぐに内診へ呼ばれる。



やっぱり心拍は確認出来ず。

ただ大きさは昨日よりも2ミリほど大きく測れました。角度の問題かな。

おそらく7w5dくらいで亡くなっていたのではと思われる大きさでした。




いろいろな角度から丁寧に見てくださり、私もモニターをしっかりと見ていました。お尻からの角度っぽいところも写り、可愛くて、でも心臓はもう動いていなくて…涙が出てきてしまいました。もう諦めがついていたはずなのに。本当にこんなに可愛いのに。

この気持ちを共有したかった夫はこんな気持ちはわからないだろうなという孤独な気持ちの中で、余計に悲しくなってしまいました。




お写真はどうされますか?

と聞かれたので、

いただけますか?

と言って受け取りました。




最後のエコー写真です。

これまでのエコー写真と共に大切に取っておこうと思います。




その後すぐに処置室へ呼ばれ、ひとりで処置室へ。個室でなくて、夫と一緒でなくて良かったです。ひとりで赤ちゃんにきちんとお別れをいう時間になりました。




今回の移植のときと同じKベッド。迎えたときと同じ場所で送り出すんだな…と、なんだか不思議な縁を感じました。




抗生剤と生理食塩水を点滴。15分程度。

最初の5分は初めてのお薬なので副作用がないかゆっくりめに入れ、その後入れるスピードを上げました。




天井を見ながら涙が出てきました。

本当にこれでお別れなんだな。

覚悟はできていたはずなのに寂しいし悲しい。

夫と共有したかったのにできなくて悲しいし悔しい。でもそんな気持ちで送り出しちゃいけない。

この子は頑張ってくれた。私だけでもきちんと送り出してあげなければ。

そんな気持ちでした。




そういえばぴょん子は両親が預かってくれました。そのときに母とぴょん子にはお腹を触ってお別れをしてもらいました。(父は時間差で会えずできませんでしたが。)それはできて良かったです。




処置室へ来て1時間ほどしてから呼ばれ、手術室へ。(10時半頃)

内診台に乗って、血圧計、心電図を付けている間にまた涙が溢れてしまいました。もうすぐに眠ってしまう、そして起きたときにはもう赤ちゃんはお腹に居ないんだ…と思ったら、本当に悲しかったです。

できれば私の体にそのまま吸収されてくれないかな、そうしたらずっと一緒に居られるのに…と思いました。

看護師さんが肩を撫でてくれました。

酸素マスクをつけられ、5秒もしないうちに意識は無くなっていました。




術後、内診台から移動式のベッドに移されたのはうっすらとわかりました。

次の瞬間、目が覚めたときにはもとのKベッドでした。転落防止に柵をつけてもらっていました。

うとうとするなかで痛み止めの点滴がされていました。(11時半頃)




看護師さんが具合どうですか?と聞いてきたので、少し痛いです、と答えました。

それから、赤ちゃんに会えますか?と聞いてみました。




お医者さんに確認してみますね。と言って、次に来られたときは手術を執刀してくれた女医のK田先生と一緒でした。




K田先生は

吸引しているので、他の組織も一緒になっている状態で、だいぶ想像と違う姿になると思いますが大丈夫ですか?

と確認してくれました。

私はそのことは想像していたので、はい、大丈夫ですと言って見せてもらいました。




赤ちゃんは検査に提出するための直径3センチほどの円柱状の容器に入っていました。

ホルマリンの中に入った絨毛組織の中に赤ちゃんが黒っぽく見えました。




見た瞬間にまた涙が出てしまいました。


(会わせて下さって)ありがとうございます。

心拍も2回か確認できて、とても元気だったのに赤ちゃんが可哀想…と言うと



K田先生が

辛かったですね、でも赤ちゃん、お母さんにありがとうって言っていると思いますよ。

と言ってくださいました。



この時期の流産は染色体異常がやはり多いそうです。



手術、K田先生で良かったです。ありがとうございます。とお礼を伝えました。

本当にK田先生で良かったです。




しばらく赤ちゃんといて大丈夫ですからね、と言って、私は赤ちゃんと2人きりになりました。



看護師さんが入ってきたので、夫を呼ぶことができるか聞いてみました。



ちょうと採卵の人が全員居なくなったタイミングだったので、呼ぶことができました。



夫は赤ちゃんを見て号泣。

それすら嘘くさく見えてしまうのですが、そんなことはどうでもよかった。

赤ちゃんにちゃんとお別れをして欲しかった。

夫のためでなく赤ちゃんのために。




赤ちゃん、すごく頑張ってくれたんだよね。

2週間前に亡くなっていたのに排出されずに頑張って私の身体にしがみついてくれていて、私の身体に負担をかけさせまいとしてくれていたんだと思う。すごく優しい子だと思う。

本当は手術前にお腹を触ってお別れを言って欲しかったんだけど、あんなこと(喧嘩)になっちゃって出来なかったから看護師さんに頼んで呼んでもらったの。通常は入れないんだけど、タイミング的にたまたまラッキーで入れたんだよ。そこもこの子が導いてくれたんだと思う。だからちゃんとお別れしてあげて。ちゃんとこの子のこと覚えていてあげてね。



忘れないよ、と夫が言いました。




そう言って話していると看護師さんが

そろそろ移植の方が入ってくるので…

と来られたので、夫は退出。

5分ほどでした。




夫がどう感じたかは本当のところはわかりません。ただ、赤ちゃんのためにやっぱり呼んで良かったと思いました。






その後私はココアとカントリーマームをゆっくり食べて退出。




その間、30分ほど赤ちゃんとふたりきりで一緒に過ごさせてもらいました。ずっと私の手の中にいました。(今思うと、検査のためには温まっちゃうとよくなかったかもしれません。)

容器を傾けると赤ちゃんの姿が見えました。よくある胎児の肌色でした。形は結構綺麗めに残っていだと思います。とても綺麗で可愛かった。




最後に

これから頑張って生きるから、また会おうね



そう言ってお別れしました。






そういえば、お腹の子が亡くなったであろう時期に不思議な出来事がありました。

ぴょん子がよく天井を見つめてニコニコしていたのです。普段はそんなことはしないし、その数日間だけの出来事でした。




ちょうど母もいるときだったので(悪阻が酷くて手伝いに来てくれていました)、2人で、


亡くなったお祖父ちゃんお祖母ちゃんがぴょん子に会いに来てくれているのかもね。きっと可愛いね、なんて言って見てくれているんだろうね。

なんて話をしていました。


でも今思うと、お祖父ちゃんお祖母ちゃんたちが赤ちゃんを迎えに来てくれていて、赤ちゃんがお別れを言ってくれていたんじゃないかなという気がしています。



だから魂はもう天国に行っていて、お迎えもたくさん来てくれていたんじゃないかな、と思っています。みんなに囲まれているからきっとさみしくないね。

天国でみんなにたくさん可愛いがってもらってね。

また会おうね。



心からそう思います。








全身麻酔は本当に負担もなく、とても驚きました。帰り道はふわふわした感じでしたが、タクシーで帰ったため特に支障はありませんでした。






処置室を出た後、内診と診察を受けました。

さっきまでお腹の中に居た赤ちゃんと胎盤は綺麗に無くなっていました。

とても変な気分でした。



血はいくらか残っているので、しばらく出血はあるでしょうとのこと。



今、術後2日目ですが、出血はあるものの多量では無く、5日分出された子宮収縮剤を飲んで毎回2〜3時間、お腹が痛くなる程度です。

先生にはお薬を飲むと生理痛のような痛みが出ると言われていましたが、そんな感じです。

痛み止めは貰っていますが、外出する必要があるときのみで大丈夫な程度です。





今後のスケジュールとしては、2週間後に術後診察。

次の生理周期はだいたいホルモン(hcg?)が下がり切っていないことが多いので、移植は無理だろうとのこと。

なので次の次からまた移植に入れるでしょう、とのことでした。




次の生理が10月末、その次が11月末くらいになるでしょうとのこと。

なので早くて12月移植という感じです。




気分的にもすぐ移植の気持ちにはならないし、何より流産後に慢性子宮内膜炎が再発する方もいる、というのをM林先生のブログで読んだことがあるので、私は次周期はBCE検査をしようと思います。抗生剤は身体の負担になると思うので(これまでもたくさん飲んでいますし)、飲まずに受ける予定です。

先生に相談したら、それもいいと思います、とのことでした。(一応確認しましたが、ホルモン値はBCE検査の結果には影響はないそうです。まあ当たり前かもしれませんが。)




染色体異常かどうかの検査は2週間後には出ているかわからないそうです。

けれど11月にはわかると思います。